in the flight





雨音


静かな雨が降り止もうとせず外をずっと濡らし続けている。
今日は割と涼しく過ごしやすく、いつもならもう眠る時間をとうに過ぎてしまっていた。
なんとなく読み始めた本に夢中になってしまったせいもあるけれど、
もう少し待てばカカシ先輩が来るかもなんていう下心もあったかも知れない。
恋人である前に尊敬する先輩の事を束縛する勇気も自信もなくて、
いつ来るか分からない先輩を待つことには慣れたつもりでいるのだけど。
それでもやっぱり無性に会いたくて触れたくて仕方が無い時だってある。
恋人が普段何をしているのか分からないなんて、そんなの恋人だなんて言わないのかもしれない。
だから待つ事に慣れていると自分に言い聞かせていないと、壊れてしまいそうな脆い関係。
そんな関係をもう何年続けているのだろう。

明日は久しぶりに二人とも非番だから、たまには出かけようと言ったのは先輩の方。
覚えてくれていると良いのだけど、約束をすっぽかされる事もしょっちゅうだから
期待はしないでいようと思っても、前に会ったのはいつだっけと考えてしまう程に会っていないから
一度会いたいと思ってしまうとその気持ちが抑えられなくなってしまう。

とは言っても先輩が今どこにいるのか分からないんだから、どうしようも無い。
部屋の窓を少し開いて外を眺める。降り止みそうにない雨。
今日はもう諦めて寝ようと溜め息を吐いたら背後から声が聞こえてきた。

「何、溜め息吐いてるの?」

振り返ると先輩がいつの間にか部屋の中にいた。全く気付かなかった。

「・・・気配消すなんて悪趣味です」
「外から、ぼんやりしてるテンゾウ見かけたから驚かそうと思って」

と、ニッコリ笑って言われたら何も言い返せなくなってしまう。
来る途中に雨に濡れたのか髪から水滴が零れ落ちている。

「タオル取ってきます」

そう言って先輩の横を通り過ぎようとしたら腕を強く掴まれた。
いきなり何かと思って立ち止まって先輩の顔を見ると、何か言おうとしたけれど
首を横に振って言うのをやめてしまった。

「どうかしましたか・・・?」
「なんでもない」

なんでもないようには思わなかったけれど、それ以上聞けなくて。
だけど掴まれたままの腕を、どうしたらいいのか分からない。

「髪、拭かなくていいんですか?」
「あ・・・ごめん」

先輩は言われて気が付いたような感じで僕の腕から手を離した。

「ぼんやりして珍しいですね」
「テンゾウのほうこそ・・・」
「僕?」
「さっき何考えてたの」

先輩の言葉の意味を理解するのに暫く時間がかかったけれど、
まさか先輩からそんな事を言われるなんて思ってもみなかったから驚いた。

「先輩の事考えてましたよ」
「嘘」
「本当ですって。今日も会えないのかなって考えてました」
「そんなの初めて聞いた」

そう言って視線を逸らした先輩を抱きしめた。
会いたいといつも思っている癖に、先輩に直接会いたいって言った事が
ほとんど無かった事に気が付いた。

「いつも思ってます。先輩に会いたいって」
「でも・・・その割りには、嬉しそうじゃない」

いつもの先輩なら、こんな事言わない筈なのに今日はどうしたのだろう。
じっとしたまま動かない先輩の肩を引き離して顔を覗き込んでみる。
表情はいつもと変わらないけれど、様子はやっぱりいつもと違う。
いつもはもっと飄々としているのに。

「・・・先輩?」

至近距離で見つめると先輩の目が揺れて、ゆっくりと瞼が降りていく。
そんな仕草に目を奪われている間に唇を重ねられた。
ほんのり甘く痺れるような感覚に溺れるように、僕も目を閉じて静かに唇を重ねる。
外から聞こえてくる、しっとりとした雨音を聞きながら
互いに離れようともせずに何度も唇を重ね合って。
先輩が僕にぎゅっと抱きついたから、僕も強く抱きしめ返した。

「嬉しそうに見えないのは、先輩に知られたくないからです。本当は抱きしめて離したくない位に嬉しい」
「知られたくないって、どういう事?俺ずっと気になってたの。・・・本当に俺のこと好き?」
「それ、僕の方こそ聞きたい・・・」

先輩の口から信じられない言葉ばかり聞こえて、酷く混乱する。
もしかしたら先輩は僕の事を好きじゃ無いのかも知れないと思っていたから余計に。

「僕は先輩が思っている以上に、先輩の事が好きです。
・・・先輩はどう思ってるのですか?ずっと聞きたかったけど、聞くのが怖くて聞けなかった。
会いに来てくれない事も、僕じゃない他の誰かと会っているのかもって思ったら、何も聞けなかった」
「・・・俺もお前が思っている以上にお前が好きだよ。会いたいのに会いたくなかった。
俺といる時のテンゾウはいつも辛そうにしてるから俺と一緒にいたくないんだって思って・・・」

会いたいけど会いたくなかった。そんな事を思っていたなんて・・・。

「先輩。僕はずっと・・・」
「お互い勘違いしてたって事か・・・良かった。お前が俺の事を好きでいてくれて」

聞き慣れない先輩の嬉しそうな声を耳元で聞いたらいてもたってもいられなくなって
その顔を覗き込んだら僕まで顔が綻んでしまいそうな位に破顔したから、ああ、と思った。
僕は先輩のこの顔が一番見たかったんだと気付いて、もう一度先輩を優しく抱きしめ返す。
離さないようにしっかりと、変わらず響き渡る静かな雨音を聞きながら。



fin