in the flight




出会い





雪の降りしきる寒い日の朝に先輩と初めて会った。



若くして上忍になり、ビンゴブックにも乗る程の実力と噂は聞いていたから
ツーマンセルの相手が、その人だと聞かされてひどく緊張していたのを覚えている。

僕とは住む世界の違う人。
そう思っていたから、まさかその時はそのカカシ先輩と親しくなるなんて思ってもみなかった。
同じ暗部とは言っても、僕はまだ入隊したてで、
先輩がするような任務とは別の・・・たとえば見回りだとか
警護だとか、そんな任務が主だった。



お互い、面を付けたままで顔合わせをした時の印象も
まだ僕は覚えている。

すらりと伸びた手足、透き通るような白い肌と白銀の髪。
それだけで完璧と思える容姿なのに、どこか少し親近感を覚えたのは
ただ単に姿勢が悪いせいなのか。
でも、隙がありそうで全く隙が無い所をみると
やっぱり近寄りがたい人だなと思い直した。

「よろしくおねがいします」

ぺこりと頭を下げると、彼はぽりぽりとめんどくさそうに頭を掻いた。
「ん〜、よろしく」
ものすごく眠そうで、間の抜けた声。
今から任務なのに気がゆるみすぎなのでは。
僕はとても心配になった。本当にこの人が、噂のはたけカカシ・・・なんだよね?

確かそんな事を僕は思って、その後の任務に行ったんだっけ・・・。



でも、その後の任務で僕はまざまざと先輩の実力を見せつけられてしまった。
まるで風を切るように先輩が動いて、その後にはほとばしる血と
的確に急所だけを刺された敵の忍が崩れ落ちる。一瞬だった。

特に忍術を使っている様子は無いのに、どうしてあんなに早く敵の動きを察知できるんだろう。

結局僕は、その光景をただ見ていただけだった。
そんな事は、今まで一度だって無かった。
瞬殺だったけど、僕の頭の中で何度もその一部始終が繰り返される。
あまりにもきれいすぎた。

戦闘中にこの僕が見とれてしまうなんて・・・。


早朝に出発して、任務の帰り道。もう陽が落ちかけている。

先輩も、僕も、言葉は交わさずに里に向かって走っていた。

暗部であるからには、こうやってなるべく人目につかないように行動するのが鉄則。
だから任務中に会話を交わす事も無い。


ちょうど良かった。
いくら敵が一人だったとはいえ、先輩が一瞬で片付けたとはいえ。
何も出来なかった事が、とても後ろめたかった。
それに、カカシ先輩の事を第一印象だけで
僕は頼りないだなんて決めつけたりして・・・。

雪と同化してしまいそうな先輩の後ろを、
胸がくすぐったいような、ズキズキするような
今まで感じた事のない感情を覚えながら、ひたすら走る。

夕陽に照らされて眩しく光る雪と、先輩の髪が風に揺られ
それがとても綺麗だったのが印象的だった。
今さっき、人を殺めたばかりのその後ろ姿は儚く見えた。


     *


里に着いた僕達は報告を済ませ、そこで解散となるはずだった。

「お疲れさまでした」

僕はきっちり頭を下げて、挨拶をすると
先輩が面の奥で溜め息をついた。

「お前、そんなんで疲れない?」

「・・・はい?」

僕は先輩の言いたい事が理解できずに
思わず首を傾げて聞き返した。

「もっとさ、リラックスしたほうがいいよ。リラックス」

里に着くまでずっと張りつめたような気を放っていたのに、
それを微塵も感じさせない気の抜けた話し方。

「は、はあ・・・」

リラックスしろと言われたって、よくわからない。
それに今日の僕は、いつもに比べると少し気が抜けているように思う。
今まで一緒に班を組んだ相手に、今までこんなに気を取られた事は無いのに。
先輩の事を考えると、何故か集中力がかけてしまうようだ。

と、不意に先輩がぐぐっと背伸びをしてから

「飯でも、食いに行こっか」

なんて、今度は機嫌がよさそうな口調で言う。

「・・・へ?・・・飯、ですか?」

「そ。飯、行こう。お腹すいちゃってねぇ」

そう言って、スタスタと僕を置いて歩き出してしまった。


「ちょっ・・・先輩〜!!」

僕まだ、返事もしてないのに・・・!
それにこんな暗部の格好で、どの店に行くっていうんだよ。

慌てて追いかけると、先輩は鼻歌なんて歌っていて、スキップでもしそうな勢いだった。

「テンゾウ何食いたい?あ、でも脂っこいのは無しね」

面を取りながら、追いついた僕に振り返って微笑んだ。

勝手すぎる先輩に、非難でもしようかと思ってたのに。
初めて見た先輩の面の下の顔に、目を奪われてしまった。
口元は口布で隠されてはいるけど、それでも整った綺麗な顔立ちに
同じ男だなんてとても思えなくって、また見とれてしまう。

「テンゾウ、顔赤いよ」
「えっ!?」

先輩の声で我に返り、確かめようと両手で顔を触れようとして、
面を付けていた事を思い出す。

「せっ、先輩!!」

からかわれたと思って、ますます顔が赤くなってしまった。

「ッ、クク。図星?」

笑いを堪えきれない様子の先輩が、お腹を抱えてまで笑っている。
いくらなんでも笑いすぎですよ、先輩・・・。

「もう勘弁してくださいよ」

苦し紛れにそう言うと、笑い涙まで流している先輩に
僕の付けていた面を外されてしまった。

そして、僕の顔を見てまた笑い出した。

「ちょっと先輩、人の顔見て笑わないで下さいよ・・・」

失礼にも程があるって言うでしょう。
それに、人に笑われるほどヒドい顔でも無いと思うんだけどな。
多分・・・。こんなに笑われると自信ないけど。

「あぁ、ごめんごめん・・・っ」

先輩がひぃひぃ言いながら、何を言ったかと言うと

「いやぁ、ほら。面と一緒だったから」

「・・・はい?」
 
「猫っ・・・くく、だって、面と同じ猫顔だったから可笑しくって」

そう言ってまた笑い始めた。

「それ、すっごく失礼ですよ・・・」

僕は溜め息をついて、笑い転げている先輩をそこに残して
先に歩き始めた。

猫顔だなんて笑われて、少しショックだけど。
忍なんていつも死と隣り合わせで、次の瞬間には死んでるかもしれない。
それなのに、今はあんな事で笑い涙を流してる。

もしかしたら僕のことを気遣ってくれてるんだろうか?

まだこの人の事を全然知らないけれど、なんとなくそう思って振り返ると
また僕の顔を見て先輩が吹き出した。


「ちょっ・・・!先輩、しつこいです!」




   * * *

     それが、先輩と僕との出会い。