in the flight





Every night









 「遅かったな」
 やれやれといった様子で煙草をふかすのはアスマだ。
 テンゾウと付き合っている事を唯一知っている男でもある。
 そんな事情もあってか、たまにテンゾウとアスマが飲みに行くような事もあるらしいのだが、今日みたいに呼び出されるような事は初めてだった。
「これでも急いできたつもりなんだけどねぇ。俺だって色々、忙しいの」
「相変わらずだな。そりゃあこいつの愚痴も減らねえ筈だ」
「・・・愚痴?テンゾウが?」
 アスマの隣でテーブルに突っ伏して酔いつぶれているテンゾウを見る。愚痴ねぇ・・・。俺には愚痴なんてひとつも言わないのに。
「まあ座れよ」
「お前に説教されるって訳か」
「悪い。グラスひとつ」
 アスマが店のマスターにグラスを頼んで、テンゾウが飲んでいたらしい焼酎のボトルを俺の目の前に置いた。
 任務から帰ってきたばかりだっていうのに。俺はうんざりしながら溜め息を吐き、テンゾウの隣に座って目の前の焼酎をグラスに注いだ。
 「で?・・・わざわざ呼び出して、一体何なの」
 「お前もそろそろ落ち着いたらどうだ」
 「・・・は?何の話してんだか」
 「とぼけんのか」
 「とぼけるもなにも、何が言いたいのかさっぱり分からないけど」
 そう言ってアスマは顔をしかめながら煙草を吸い、苦虫を噛み潰したような顔をしながらテンゾウに目をやった。
 ・・・テンゾウが、何かアスマに言ったんだなって事は想像が付くけど。
 「まぁな・・・お前らの事だから勝手にやればいいとは思うんだけどな。こいつにあんまり心配させてやるなよ。お前には言えないからって聞かされる俺の身にもなってくれ」
 「悪い。話の意味が、全く分からないんだけど・・・どういう事?」
 「・・・本気で言ってんのか」
 「あぁ。何の事かさっぱりだね。ちゃんと言ってくれる?」
 ぬるい酒を口に運び、テーブルにあったミックスナッツに手を伸ばすと、くるみが混ざってない事に気付いてつい笑ってしまうと、「真面目に聞いてんのかよ」と、呆れたように言われた。そうは言っても、何の事を言われてるのか分からないんだから仕方ないでしょうよ。
 「じゃあ単刀直入に聞く。お前、浮気してんのか?」
 「・・・は?」
 何冗談言ってんの。と笑いそうになったけど、アスマはいたって真剣な顔をしている。
 「してんのかって、聞いてんだよ」
 「する訳ないでしょ。そんな暇ないの、アスマだって知ってるでしょ」
 「こいつが言ってんだから、聞いてんだよ」
 「何をどう、勘違いしてるんだか・・・」
 「じゃあ本当に何もしてないんだな?」
 「あたり前じゃないの。全く、身に覚えもないんだけど」
 「・・・まったく、付き合ってられんな」
 アスマはそう言って煙草を揉み消したかと思えば、立ち上がる。
 え?で、結局何だった訳・・・。
 呆気に取られ、立ち上がったアスマを見上げた。
 「もう愚痴に付き合わされるのは御免だからな。俺は帰るぞ」
 「待て。俺、今晩中に報告書書かなくちゃいけないんだけど」
 「じゃあな。勘定、よろしく」
 「待ってよ。何で俺が・・・」
 俺の言葉を背中で聞きながら、アスマはさっさと店を出ていってしまった。
 あ〜・・・俺、一体何しに来たんだか。
 だいたいテンゾウもテンゾウだよ。今日帰ってくるって知らせたのに、アスマとなんか飲んじゃって。報告書も書かなければいけないし、こいつ連れてさっさと帰ろう。
 「帰るぞ」
 「・・・ん〜・・・」
 テンゾウはずっとだらしなくテーブルの上で寝ている。こんなになるまで飲むなんて、テンゾウらしくもない。
 「テンゾウ!ほら起きて」
 体をぐらぐら揺らしてみると、やっと顔を上げた。ったく、べろべろじゃないの。いつものぐるんぐるんの目が、半分以上も開いてない。
 「ほら。ちゃんと立って。肩貸してやるから」
 「・・・んん」
 テンゾウの腕を肩にかけて立ち上がらせた。
 俺の前ではこんなに飲まないのに、アスマには気を許してるんだな。ちょっと気に入らない。こいつも酔っぱらってるし、渋々店の勘定を済ませて店の外に出た。


 テンゾウを支えながら、夜道を歩いた。ここからテンゾウの家はすぐ近くだ。アスマとは、こんなになるまでいつも飲んだりしてるのかな。
 「アスマさん、ちょっと痩せました?」
 「・・・ああ?」
 何言ってんだこいつ。
・・・俺の事、アスマと勘違いしてるの?いい度胸してんのな、テンゾウ。
 なんか悔しいし、酔っ払いの相手すんのも面倒だし、アスマのフリでもしてやろう。俺が浮気してるとかありもしない事言ってたらしいし。
 「ちょっと痩せたかもな」
 「でも男らしいですよね、アスマさん」
 「お前がガリガリすぎんだよ」
 「でも、安心して酔えるってゆーか。あはは」
 はあ?何が、あはは〜だよ。何笑ってんの。気にいらない。悪かったね、ガッチリしてなくて。俺とだったら安心して飲めないってか。
 「安心?そんな事言ってると襲っちまうぞ?」
 「何言ってんですか、アスマさん。酔ってるでしょう」
 相変わらず楽しそうに笑うテンゾウ。
 「本気だって言ったら」
 「はは。駄目ですよ〜。僕にはカカシさんが・・・」
 そうそう。俺がいるから駄目・・・でしょ?
 ちらっとテンゾウを見ると、さっきまで楽しそうに笑ってた顔がどこかに行ってしまって、思い詰めたような表情をしていた。
 「・・・でも、カカシ先輩、浮気してるみたいだし・・・」
 本気で思ってるの?嘘でしょ、何を勘違いしてるんだか全然わからないし、それに、でも、って何。まさかテンゾウ・・・。
 「・・・そんな現場でも見たの?」
 「見てません、けど・・・!絶対浮気してると思うんです」
 「で、あてつけに浮気でもしてやろうってか」
 「・・・先輩に、ぎゃふんと言わせてやるんです僕は」
 ぎゃふんと、ねぇ・・・。ていうか、いい加減俺に気付きなさいよね。いくら里が平和だからといって、気を抜きすぎでしょ。
 それにしても、どうしたもんかねぇ・・・。
 もしこれが俺じゃなかったら、テンゾウ浮気しようとしてるって事でしょ。このまま送って帰るのも癪だし、酔いが覚めた所で逆にぎゃふんと言わせてやりたくなってきた。



 

 テンゾウの家の前まで来た。ここに来るのも久しぶりだな。
 最近は本当にすれ違いばかりで、ゆっくり話をする時間もなかった。それもあって、勘違いしちゃったのかな。
 「テンゾウ、鍵は?」
 「あ〜・・・出すの面倒くさいんで」
といいながら、木遁術で指先に鍵を作り上げた。こんなに酔っててアスマと俺の区別も付かないような状態なのに、こういう事はできんのね。
 「アスマさん、上がってって下さい。飲み直しましょう」
 「・・・ハイハイ」
 飲み直すって・・・まだ飲む気?もういい加減アスマのフリすんのも、面倒くさくなってきた。
 家の中に入り、よろよろのテンゾウを取りあえずベッドに降ろした。あぁもう、どうしよっかな。明日休みの予定とはいえ、やっぱり帰ろうかとテンゾウに背を向けた。報告書もあるしね・・・。また明日、会いに来れば良い。この様子じゃテンゾウも、明日は休みなんでしょ。
 「・・・俺、やっぱ帰るわ。お前も飲み過ぎだし、ゆっくり休んで」
 「待ってください」
 いきなりテンゾウの手が俺の手首を強く掴んだ。振り返ると不意を付かれ、思い切り引っ張られてテンゾウの上に倒れ込む。
 「わっ・・・ちょ、」
 驚いてる間もなく頭を押さえつけられ、テンゾウにキスされた。
 ちょっと・・・テンゾウ、本当に?アスマだと思ってるんでしょ?うわ、最低。え、もしかしてアスマとやるつもりな訳?テンゾウは。ていうか、俺にこんな風にしたことないのに・・・。
 気も許してたし、もしかして、アスマの事が好きだったとか・・・って、そりゃ無いよね。・・・って思いたいんだけど、そういえばテンゾウとキスするの、ものすごく久しぶりな気がした。
 そんなに忙しかった訳じゃないけど、すれ違いが多かったからかな。でも今日は、俺が予定ないこと知ってたはずなのにねぇ。
 久しぶりの恋人とのキスなのに、ものすごく微妙なキス。だけどテンゾウとキスするの好きだな、やっぱり。・・・とは思いながらも、テンゾウは俺だって知らないでキスしてるんだよね。

 テンゾウの手が俺の服の中に、潜りこんでくる。暖かい手のひらが、肌に触れて気持ちいい。いつも俺にするように優しく動く手が、服を捲り上げ、俺のモノに触れた。
 その事に俺はだんだんムカついてきて、一発思い切り殴ってやろうかと思っていたら、触れ回っていた手が段々動かなくなってきた。・・・ん?もしかして、眠いのか。
 唇を離してみると顔がごろんと横に倒れて、しばらくすると案の定寝息が聞こえてきた。
 「・・・ったく」
 煽るだけ煽っといて寝ちゃうとか、本当に最低・・・あぁでも、これで済んでよかったのかどうなのか。ま、どっちにしたって、あれ以上続けられたら本当に殴ってただろうな。

 俺はテンゾウから離れソファに腰を降ろし、どうやってテンゾウにギャフンと言わせてやろうかと真剣に考えた。俺が横に寝てたって、この事をテンゾウが覚えてなかったら意味が無いし。
 そうだ。影分身を作って、アスマに変化してこいつの隣で寝てやろうか。それぐらいしなきゃ気が収まらないし。

 早速、影分身を出してアスマに変化した。そして、テンゾウの服を起こさないように脱がしてアスマに変化した俺も上半身だけ服を脱ぐ。それからベッドに潜り込んだ。
 俺の分身だって分かってても気分が悪い。ていうか、こんな事したってことアスマには絶対に言えないなぁ。

 分身も寝る事にして、本体の俺は朝までする事がないからと、イチャパラを読む事にした。
 そういえばテンゾウも持ってたっけなと、本棚を漁る。忍術の本っていうより、建築関係の本ばっかりだな。テンゾウは。ま、そのおかげで俺はいつも快適な野宿させてもらってるんだけどね・・・あ、あった。
 全然読んでいなさそうな真新しいイチャパラを見つけて開くと、懐かしい写真が挟まってあった。暗部で慰安旅行に行った時の写真だ。皆がいたから、あまり二人きりでいなかったけど、真夜中に抜け出したりしたな。懐かしい。俺も持ってるはずなんだけど、どこに置いたんだっけ。

 

 最近あまり会えないのは、テンゾウの任務回数が増えたからなんだよね。アスマに聞いたんだけど、俺の負担がちょっとでも減るように頑張ってるって。心配してくれるのは嬉しいんだけど、前みたいに一緒にいる時間が少なくなっちゃって寂しいのは本音。だけど、そんな事聞いたら言えないし。俺、一応先輩だし。
 今回のことで、色々心配になっちゃった。テンゾウは大丈夫ってずっと思ってたけど、酔っぱらったら何するか分かんない。アスマはともかく、もしかしたら、こいつの事狙ってるやつもいるかも知れないし。
 テンゾウの寝顔を見ながらそんな事を思いながら、朝まで過ごした。気付けば部屋が少しずつ明るくなって、窓のカーテンを開けばもう外が白くなってて太陽がもうすぐ顔を出しそうだった。
 「・・・んん・・・」
 やっとお目覚めかな、テンゾウ。俺は気配を消してカーテンの影に隠れ、テンゾウの様子を伺うことにした。
 「・・・・・・アスマさん・・・!」
 テンゾウは、隣で寝ている俺の影分身の分身のアスマに気付いて目を見開いて驚いてる。それに分身の俺が気付いて、目を覚ました。
 「どうしてここに・・・!」
 そしてすぐに自分が服を着てない事に気付いた様子で、どんどんと顔が青ざめていくのが分かった。「可愛かったぜ」と、分身の俺が言えば更にテンゾウの顔が蒼白した。
 そろそろいいかと俺が出て行けば、テンゾウが飛び起きる。
 「これは、どういう事?テンゾウ」
 「えっ・・・と、その・・・僕、何も覚えてないんですが・・・」
 と、しどろもどろになりながら俺の分身に目をやった。あ〜。それ、見た目アスマだけど、俺だからね。助け求めたってムダだから。 
 「何も覚えてないって・・・お前から誘っといてよく言うぜ。・・・悪いなカカシ。見たまんまだ」
 「お前、浮気するなんていい度胸してるな」
 「・・・僕、謝りませんよ。カカシ先輩だって、浮気してるじゃないですか!」
 うわ、開き直ったよ。大体、浮気って言うけどね。・・・俺、全く身に覚えないから。
 「だ〜か〜ら。その根拠は?見たの?」
 「見て・・・ませんけど!だって先輩、僕と全然セックスしてくれないじゃないですか」
 ・・・それで、俺が浮気してるって事に繋がる訳なの?呆れて何も言えないんだけど、俺。
 「最近、全然会えないのに・・・疲れてるから嫌だとか何とか言って、全然・・・」
 「あのねぇテンゾウ。そんな事で、浮気してるって決めないでくれる?」
 「・・・そんな事じゃないんです。僕にとったら」
 「そんな事じゃないの。・・・お前の勝手な思い込みで、浮気してるとか思われちゃって、その上アスマとセックスして、どういうつもり?俺の気持ちも考えてちょうだいよ。俺が浮気なんてする訳ないでしょうよ」
 「じゃあ、本当に何も・・・」
 「何もないよ。・・・まったく」
 俺がそう言った後、テンゾウは放心したまま何も言わなくなってしまった。もうそろそろ、分身解いてもいいかな・・・。ちょっと可哀想だしね。もう充分、反省したでしょ。
 「安心しろ。何もなかった。お前、すぐ寝たしな」
 「・・・?」
 影分身を解けば、テンゾウの目がこれ以上ないぐらいに見開いた。俺はその様子がおかしくって、笑いを堪え切れなくなり腹を抱えてると、テンゾウがハッと気付いた様子で俺を睨む。
 「先輩・・・!」
 「悪い悪い・・・。いやでもね、お前が悪い。・・・本当に何も覚えてないんだ?」
 「・・・アスマさんとは確かに飲んでた筈なんですが・・・カカシ先輩に会った記憶が・・・」
 「アスマに呼びつけられたのよ。行ったら、お前が酔いつぶれてたから送ってやろうとしたらさ。お前、俺とアスマのこと間違えるんだよ?」
 「・・・全然、覚えてません」
 「あぁ、そうでしょうとも。そのうえ俺が浮気してるからなんだって言って、ベッドに引きずり込まれてキスされて、やられそうになったんだから。そこまでしてんのに俺だって気付かないし、殴ってやろうかと思ったらいきなり寝ちゃうし・・・腹の虫が収まんないから、お前にギャフンと言わせたかったって訳。・・・昨日送ったのが俺じゃなかったら、本当で浮気してたとこだよ」
 思い出したらまたムカついてきた。
 「先輩〜・・・ごめんなさい」
 「駄目。ゆるさない」
 「でも、結局は先輩だった訳だし、ね?」
 「ね?じゃ、ないよ!だって、俺だと思ってなかったでしょ!」
 「・・・ごめんなさい」
 そう言ってテンゾウはベッドから降りて、泣きそうな顔をしながら俺の前に立つから「素っ裸で俺の前に立つな」と顔を背けると、抱きしめられた。
 「・・・先輩はなんで僕としてくれなかったんですか?」
 「それは悪かったと思ってるよ。・・・嫌なんかじゃないんだよね。でも、次の日に任務だったりするとさ・・・体力が、ね?お前、激しいから」
 「すみません・・・。でも、先輩が浮気してたんじゃなくって、本当によかったです」
 「よくないよ。俺、ゆるしてないからね」
 お仕置きはしたとはいえ、まだまだ許す気にはなれなくて。あぁでも、テンゾウに抱きしめられてるとホッとする。好きだなって思っちゃう。会いたかったんだ、テンゾウに。
 「普段はあ〜んなに、慎重すぎるぐらい慎重なのにねぇ」
 「・・・すみません」
 「な〜んか俺が悪いみたいに言われちゃうし」
 「・・・ごめんなさい」
 「あ〜あ。な〜んか疲れちゃった。寝てないし、寝るかな」
 そう言ってからテンゾウを引き離すと、もう本当に今すぐにでも泣いてしまいそうな顔をしていた。俺は「寝よ〜っと」と、わざとらしく言ってアンダーを脱ぎ捨てる。チラリとテンゾウを見ると、俯いたままで何も言おうとしない。
 「一緒に寝ようって言ってんの」
 「・・・え?」
 「ゆるしてないけど・・・!」
 そう言ってテンゾウの手を引くと、泣きそうな顔したまま笑って頷いた。まるで子供みたいだ。
 朝陽が昇り始めた時刻。ベッドに入ると、テンゾウが俺の顔に触れた。ゆっくりと顔が近付いてくる。
 ・・・ま、いいか。テンゾウとキスしたいし。そう思って目を閉じると、唇が重なった。でも。
 「・・・酒くさい。シャワー浴びてきてから!」
 思わず顔を引き離してそう言うと、テンゾウは慌てて飛び起きてベッドから飛び出した。
「すぐ浴びてきます!だから、寝ないで待ってて下さいよ」
 俺といるときのテンゾウは、本当になんていうか子供っぽいというか。かわいいといえば、かわいいんだけどねぇ。  
 その後すぐに聞こえて来たシャワーの音を聞きながら、ゆっくりと目を閉じる。起きた時にはテンゾウが隣にいる事を考えながら。

 




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