in the flight




はしばみ 2



そんなこんなで先輩と付き合うことになったのだけど、
先輩は僕の事、本当はどう思っているんだろうかと悩んでしまう事がある。
お互い忙しいせいで二人きりでいられる時間は限られているから、
久しぶりに先輩に会えた時なんかは無意識に体に触れてしまったり
するのだけど、そうすると先輩は何かと理由を付けて逃げてしまうのだ。
キスだってしたいし、それ以上の事も。
そう。あの時からずっと、キスさえもさせてくれないのだから
さすがの僕も我慢の限界だと思いながらも、
先輩と付き合えただけでも充分すぎると何度も自分に言い聞かせ続けている。

先輩、なんで僕なんかと付き合うって言ったんだろうと、
久しぶりに僕の家を訪ねてきた先輩をチラリと見て深い溜め息を吐いた。

「・・・なに、その溜め息」
「いいえ、何もありません」

怪訝な顔で僕を見る先輩の顔を見ていたら、また溜め息を吐きたくなったけど
我慢する事にした。
そんな僕を見て、今度は先輩が溜め息を吐き出した。

「あのね・・・。せっかく会いに来たっていうのにお前、何でそんななの?」

せっかく会いに来たって言うのなら、せめてもうちょっと
恋人らしく接して欲しいと思うのは僕のわがままなんだろうか。
今だって僕は先輩に触れたいと思ってるし、キスだってしたいけれど、
拒まれて傷付くのが分かってるから我慢して離れた所に座っている。
気持ちを押し付けて無理強いして嫌われるくらいなら、その方がずっといい。

「すみません。任務明けで疲れてるんです・・・。
 でも、先輩と一緒にいられる時間のほうが大切ですから」

任務明けで疲れているのは本当。
でも先輩と一緒にいられるのなら、休む事より優先するのは当然。
先輩の気持ちは分からないけれど僕に会いに来てくれた。
それだけで今の僕には充分嬉しい。

「・・・そ。でも、疲れてるんだったら休めば?俺、もう帰るし。
無理する事ないでしょ・・・いつでも会えるんだから」

いつでも会えるなんて、そんな事ないのに。
今日だって一週間ぶりに会ったし、先輩は僕と一緒にいたくないんだろうか。
じゃあなんで、僕なんかと一緒にいるんだろう。

「・・・先輩こそ、無理してるんじゃないんですか」
「何の話?」
「大体、付き合う事になったのだって僕が一方的に好きだって言ったからであって。
 先輩の気持ちを僕は聞かされてないし」

僕がそう言えばムッとした顔で先輩は立ち上がって、僕の所まで歩いてくる。

「そんなの、言わなくても分かるでしょ」
「・・・そうですよね。気付かない僕が馬鹿だったんです。
 キスは拒まれるし、触れさせてもくれない。・・・もういいです。
 無理して付き合ってくれてありがとうございました」

・・・これでいいんだ。
何もさせてもらえなくても一緒にいられたらそれで良いと思っていたけど、
無理して一緒にいるのなら、もういい。
それに今は我慢できているけど、そのうち僕は先輩を強引に襲ってしまうかも
しれないし。・・・だいたい最初からそうだった。
好きだと言う前にキスしてしまうような僕だから、何をしてしまうか
分からない。そうなる前に、先輩から離れないと・・・。

そう思っていたら、先輩の白い手首が伸びてきて頭を掴まれた。
そして、乱暴に唇を重ねられる。

「っ、・・・んんっ・・・?!」

一体何が起っているのか、理解が出来ず混乱する。
だって、どうして僕にキスなんかしてるんだろう?
僕がしようとしたら、あんなに嫌がっていたのに・・・。

唇が離れていっても、僕は驚いたままで先輩を凝視していた。

「・・・そ、そんなジロジロ見ないでよ」

と、まだムッとした顔のままで言う先輩の顔は真っ赤で。
ますます状況が理解できないでいる。
いや、先輩がキスしてくれたという事は、ものすごく嬉しい事なのだけど・・・。
まさかそんな事をしてもらえるとは思ってもなかった訳で、
ただただ僕は驚く事しかできなかった。

「先輩、僕の事嫌いなんじゃ」
「きっ・・・嫌いな訳ないでしょ!嫌いだったら会いに来たりしない!」
「え。でも・・・僕がキスしようとしたら、突き飛ばしたじゃないですか。先輩」
「そ・・・それは、か・・・」
「・・・か?」
「加齢臭・・・してたらどうしようって思って・・・」

・・・へ?
まさか、さすがにそんな事を言うとは思ってもみなかった。
驚きを通り越して呆れてしまう。いや、なんて言ったらいいんだろう。
だけど先輩は真剣みたいだし・・・。
そういえば、初めてキスして抱きしめた時に突き飛ばされて
言われた言葉もそれだったっけな。
そんな事、すっかり忘れていたけど本気で悩んでたみたい。
もちろん加齢臭なんてする訳がないのだけど。

「・・・まだそんな事、言ってんですか」

そんな理由で僕は避けられていたのかと思うと、なんていうか、
色々と悩んだ自分が馬鹿みたいに思えてきてしまう。
こんな事なら、もっと早く先輩に僕を拒む理由を聞いておけば良かった。
そしたら僕もここまで思い詰める事はなかったのだから。

「だって、嫌われたくなかったんだもん」
「じゃあ僕の事、どう思ってるんですか」

先輩からちゃんと聞きたいんだ。
なのに先輩は、口を開こうとしない。

「言いたくない」
「・・・どうしてです?」
「そんな子供みたいに簡単に軽々しく言える訳ないでしょ・・・!」

と、ますます顔を真っ赤にして俯いた先輩を見ていたら理性が吹っ飛んでしまう。
・・・かわいすぎる。やっぱり僕はこの人じゃないと、駄目なんだ。
両腕を伸ばして、目の前にいる大好きな先輩を思い切り抱きしめたら、
今まで我慢し続けていたものが一気に溢れ出して止まらない。

「じゃあ、今から先輩を抱きます」
「っ・・・、やめろって・・・!嫌だからね!大体、なんでそうなるのよ・・・!」
「軽々しくない雰囲気を作れば、好きって言ってくれるんでしょう?・・・あぁもうっ、大人しくして下さい・・・っ」

じたばたと暴れる先輩は、まるで子供みたいで。
無理矢理唇を塞いだら大人しくなった。
嫌がっている理由は、加齢臭がするから嫌われたくないって事なのだから、
ちょっとぐらい強引にしたって大丈夫・・・ていうより、
強引にしないと、きっと何もさせてもらえないと思う。

唇を離して見つめてみれば、薄く開いた目が少し潤んでいるように見えた。

「好きです。・・・先輩、僕の事嫌いじゃないんだったら、もう逃げないで」

もう理性なんてとっくに飛んでいってしまっているから、止められない。
そう伝えると俯いて小さく頷いてくれた。

「覚悟して下さいよ。好きって言ってもらえるまで、容赦しませんから」