in the flight




ハシバミ



カカシ先輩が暗部を抜けて、数年。
話をするのも数年振り。
久しぶりの再開に、僕は胸を弾ませながら
淡い期待を持ちながら先輩の入院している病院まで
挨拶にやってきた。

カカシ先輩といえば容姿端麗で、暗部内では
男も女も先輩に夢中だった・・・のだけど。


「お久しぶりです、せんぱ・・・」


扉を開いたその先の光景を見た僕は愕然としてしまった。
病室のベッドの上で横たわる先輩が、暗部時代から愛読書の
イチャパラ本を片手に股間をポリポリ掻いてる様子に
僕は自分の目を疑った。

「おっ、テンゾウ!久しぶりだな。ま、そこ座ってよ」

驚きを隠せない僕の事を気にも留めずに、先輩はよいしょっと
掛け声付きで起き上がり、ベッド脇にある椅子に視線を送った。
そして、その後に背中をポリポリと掻いて

「ん〜?座んないの?」

と、さも面倒くさそうに僕を見上げた。


これが・・・あの、カカシ先輩?嘘だ。嘘に違いない。
なんだか、これじゃあまるで疲れたおっさんじゃないか。

容姿にだけ関して言うと、今だって充分にきれいな人だとは思う。
白い肌も、よく絞まった筋肉も、相変わらずさらりと流れる銀色の髪だって
当時と比べてもなんら劣る所は無い。

「お前の噂よく聞くんだけど、なんか自分が褒められてるみたいで嬉しいんだよね〜」

そう言ってにっこりと笑う顔に、一瞬見とれてしまったけれど
その後の大きなアクビにげんなりとしてしまう。

「先輩も会ってないうちに、随分と変わりましたね」
「そ?まぁねぇ、子供の面倒ずっと見てたからかな。あいつらが成長すんのが
嬉しくて、自分の事なんかどうでもよくなってきちゃってね」

そう言いながら遠い目をする姿は、さながら我が子を想う父親のよう。

「それだ」
「・・・何が?」

「えっ・・・あ、いえ、なんにも無いです」


でも僕は少し、ホッとした。
暗部を抜けて上忍師になる時に、先輩はもう手の届かない人になってしまうんじゃないかって。
僕の知らない誰かのものに、なってしまうんじゃないかって。
好きだったから心配だった。伝える事は無かったけど、本当に好きだった。
この様子じゃ、付き合ってる人もいないみたいだし
遊んでる気配も、そんな暇も無さそう。

かといって、昔の片思いしていた時の淡い気持ちを呼び起こしても
目の前にいる、若干くたびれたカカシ先輩を見れば見るほど、萎えていくような気がした。
もう恋愛とか必要ないんだろうか、先輩には。


「いい男になったもんだね、付き合ってる子とかいる訳?」
「いませんけど・・・そんな下世話な質問、昔の先輩からは想像も付かないですね」
「そ?ま、俺もそれなりに歳を取ったからね」
「それなりにって、まだ三十歳でしょう。そういう先輩こそ、どうなんですか?」

そう言うと、大げさに溜め息を吐いてうなだれた。

「もう全然、ぜーんぜん。いそがしくってね、もうなんか恋愛とかどうでもいいっていうか。
 したくなったら、自分で処理すれば済むでしょ?」
「はぁ・・・そうですか」

本当に先輩はもう、恋なんてすっかり忘れてしまったんだ。

「付き合うのも面倒だし、かといって性欲を満たすだけにセックスするのも
面倒なんだよね。自分で処理するのが一番…って言っても、最近じゃそれも
めんどくさくてねぇ」
「じゃあ、例えば好きな人ができたらどうするんですか?それでも、
先輩は面倒だとか思うんですか?」

そう言って、先輩が読んでいたイチャパラ本を取り上げて
パタンと本を閉じる。それを不思議そうに見あげる顔に心臓が跳ねた。
何気ない仕草に色気があるのは、今も変わらないようだ。

「今もこの本を愛読してるって事は先輩もまだ
恋愛したいって思ってるからじゃないんですか」
「そうじゃないのよ。これ読んでたら満足できるっていうか。
だから好きな人もねぇ・・・俺、そんな人いないから聞かれてもわかんないよ。
久しぶりに会って、なんでそんな事ばっかり・・・。・・・あ」

そう言って先輩は僕の顔をじっと見つめて、ニタニタと笑っている。
う。もしかして気付かれた?

「テンゾウ。もしかして・・・」
「は、はい」
「好きな人がいるとか?で、俺に相談しようとかって思ってんの?」 
「へ・・・?」

「そうならそうと言えばいいのに。俺、相談に乗っちゃうよ?
かわいい後輩の為なら、キューピット役でもなんでもやってやるから。
で、誰?俺知ってる子?」

先輩は身を乗り出して僕の両肩をがっちりと掴んだ。
そして、それはもう嬉しそうな顔をしている。
ていうか・・・顔が近くて緊張する。

「そ、そんなんじゃありません」
「今更ごまかさなくたっていいのに。俺とテンゾウの仲でしょ?」

盛大な勘違いをしているのに、まったく人の話を聞こうとしない先輩の勢いに
押されまくってしまう。居酒屋とかで、たまにこういう親父見かけるよな・・・。

「だから先輩、違うって・・・」
「テンゾウ。俺、しつこい奴嫌い。いいから素直になりな」

困った。こういう時の対処法が、おっさんの域に達していない僕にはまだ分からない。
だから、仕方無い。ちょうど、こんなに顔が近くにあるから。

うんうんと小さく頷く先輩の両頬を、僕は両手で包んだ。
そして、キョトンとした顔で僕を見上げた先輩にキスをした。
先輩を大人しくさせるために。
だって、他に先輩を黙らせる方法が思い浮かばない。
先輩の唇は男のものだと思えない柔らかさで、触れた瞬間に
このまま後ろのベッドに押し倒してしまいたいと思った。

でもさすがにそれはマズいというか、後が怖いから
ゆっくりと名残惜しく思いながら唇を離した。

「ちょ・・・今の、何・・・?」

先輩は訳が分からないといった顔で、まだキョトンとしたままだった。

「キスですよ。キスも忘れちゃいましたか?」

すると、みるみるうちに先輩の顔が赤く染まっていった。

「ばっ・・・ばか!それ位分かる。そうじゃなくて・・・何で、俺にキスなんか」
「なんでって言われても」

先輩は赤くなった顔を隠すように俯いた。
目の前に銀色の髪が広がり、懐かしい先輩の匂いがして
髪に顔を埋めようかと思ったら、思い切り突き飛ばされてしまった。
ガタンと大きな音を立てて、椅子ごと後ろにひっくり返って我にかえる。
まだ好きだともなんにも言ってないのに、いきなりキスとかしてしまって、
先輩が怒るのも、無理もない。

倒れた拍子に腰をぶつけて、起き上がりながら擦っていると
先輩が、慌てた様子でベッドから降りようとしていた。
体を動かすと、どこか傷むのか。少し顔をしかめている。

「僕なら大丈夫です。だから、横になってて下さい」
「・・・うん。悪かった」

倒れた椅子を起こして、もう一度座った。
とりあえず謝らないとな。

「いきなりあんな事して、すみませんでした」
「・・・いや。それじゃなくて、ね」
「と、言いますと・・・?」
「・・・匂った?」
「・・・はい?」

先輩の言ってる言葉の意味が分からなくて
首を傾げたら、苦笑いを浮かべて頭をぽりぽりと掻いた。

「いや、最近匂ってるんじゃないかって、心配でね。
加齢臭ってやつ?つい気になっちゃって。ほら、あれって
自分では気付かないって言うじゃない?」

僕はそんな理由で突き飛ばされたのか。
大体、加齢臭だなんてする筈ないでしょう、その歳で。

「・・・ご心配及ばず。匂ってませんでしたから」
と、僕は呆れ半分で言ったのに、先輩はすごく嬉しそうな顔して笑い、胸を撫で下ろした。

はぁ・・・。
先輩にキスして高鳴った胸も、一瞬にして静まり返ってしまった。

「そ?そりゃあ良かった」

あ、でも。キスした事には怒ってないんだ。
それに、加齢臭を嗅がれたくなくて僕を突き飛ばしたりとか、
少しは期待してもいいんだろうか。

僕はそっと立ち上がって、先輩のベッドに腰を降ろした。
何の警戒心も見せない先輩を前にすると、体が勝手に動いてしまうようで
腕を伸ばして、先輩を抱きしめてみた。

「テンゾ・・・?」
「全然匂わないですよ。でも、加齢臭って耳の後ろから出るって言いますから、
ちゃんと確かめておかないと駄目ですね」

そう言って、先輩のうなじに顔を埋めて唇を這わせると
抱きしめている体がびくっと震えて、軽く溜め息が漏れている。

「っ・・・。も、いいから。離れろ」
「いえ。この際、体中確かめておきましょう」
「へ、変態!」

ここまでしておいて我慢するのはさすがの僕にも無理だ。
長い間、恋愛をしてこなかったというだけあって
今の先輩は隙だらけなんだから仕方ない。

白い項を舌でなぞると、甘い声が漏れる。
セックスが面倒くさいと言ってたけど、体はちゃんと反応してる。
唇を移動させて耳たぶを口に含むと体を仰け反らせて
ぎゅっと僕にしがみついた。

「先輩。もう一度、恋愛してみませんか?」
「んっ・・・んん・・・」
「僕じゃ駄目、ですか?」

先輩を後ろに押し倒してもう一度抱きしめたら、
足に大きくなっている先輩のが当たった。
片手を伸ばしてそれに触れると、先輩の手が僕の腕を
掴んで離させようとする。

「も、やめろっ・・・」

その言葉に体の力が抜けた。
先輩の顔を見ると、泣きそうな表情をしていた。

「・・・ですよね。ごめんなさい、もうしないですから」

先輩から離れようと体を起こそうとしたら、
下から腕が伸びてきて抱きしめられた。

「・・・先輩?」
「あの、さ。・・・もうちょっとしたら、診察で綱手様が来るから」
「げ」

そりゃマズい。病院のベッドの上で、その上男同士で
セックスしてる所を見られたら・・・。
考えただけで恐ろしくて一気に萎えてしまった。

「は、早く言って下さいよ・・・!」
「俺はずっと言おうと思ってた・・・!だいたい病院で発情するなんてあり得ない。馬鹿じゃないの」
「あれ・・・。じゃあ先輩。・・・病院じゃなかったら、良かったんですか?」
「・・・」

そう聞くと、先輩は黙ってしまった。
そして、しばらくしてから呟くような小さな声で先輩が答えてくれた。

「でも・・・。お前とだったら、恋愛してもいいかな」



おしまい

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