in the flight



初恋






寒い寒い冬の日の夜。
単独で暗殺任務をこなしてきた僕は報告を終えて
自宅に帰る途中だった。

返り血を浴びたせいで、血なまぐさい匂いが
僕の気分を悪くさせる。いつか慣れてしまう時が来るんだろうか。

早く家に帰って着替えてこびり付いた血を洗い流したい。

そう、足早に屋根の上を走っていると
さっと誰かが僕の前に立ちはだかった。

咄嗟にクナイを構えて見上げると、狐の面をしたカカシ先輩がそこに立っていた。

「おつかれさま。ちょっと見かけたから」

「先輩・・・!驚かさないでくださいよ」

途端に緊張がほぐれた僕は、安心の溜め息をついた。

「俺も今から家に帰るとこなの。飯でも行く?」

嬉しいと思った。でも、こんな血まみれでさすがに行く気にはなれなくて。

「すみません、先輩。今日は・・・」

俯いてそう言うと、僕の頭をポンと軽く叩いた。

「そっか。じゃあまた、機会があったら」

そう言われて、僕は反射的に顔を上げた。
暗部での任務は不規則で、一緒に食事なんてそうそうできるものではなく。
あの日から先輩の事がずっと気になっていた僕は、
なんとか引き止めたくて頭に乗せられたままの先輩の手をぎゅうっと掴んだ。

「あのっ、着替えてきますんで・・・、食事付き合ってください」

僕の唐突な行動に、先輩は驚きつつも優しく微笑み返してくれた。

「ん、じゃあ今から一時間後にこの場所で。俺も着替えてくるよ」

「・・・はい!」

先輩に会った事で何故だかまた胸が痛んだ。
でも。あの時から先輩の事を思い出す度にずきずきと痛む、
それとはまた少し違う痛みで、なんでだろう。心が暖かくなった気がする。

本当にこの感情はいったいなんなんだろう?


   *

言われた通り一時間後にそこに戻ると、先輩の姿はまだ無かった。
しばらくそこで待つ事にしたけど、一向に来る気配は無く
不安な気持ちに襲われた。何かあったのかな。
いやいや、先輩に限ってそんな事はない。
急な任務でも?

神社の屋根の上。頬を切るような冷たい風。

「はやく、来ないかなぁ・・・」

半刻ほどすぎた頃に、やっと先輩が現れた。

「いやぁごめんね。遅くなって」

謝っている割には、反省の色がまったく見えない様子。
でも何故だか、悪気は無さそうなその表情を見ていると、
怒る気も全く沸いてこないから不思議だ。

「いえいえ」

先輩の格好は僕と全く同じで、お互いそれを見合って笑う。

「これだと急に招集かかっても、とりあえず対処できるでしょ」
「そうですよね」

木ノ葉の一般的な忍服。先輩は左目を額当てで隠していて
かなり怪しくも見えたけど、やっぱり格好がいい。

「じゃ、行こっか」




僕達は里の中心街へと向かう。
この格好なら、特に回りを気にする事はない。

先輩が選んだ店はちいさい個室のある居酒屋で、
普通ならば男女が行くような店だった。
僕は何も言わずに従ったけれど、部屋に通された時点で
とりあえず突っ込む。
狭いその部屋は、二人並んで座らせる作りになっていて
ますます先輩のチョイスが理解できない。

「男同士で、なんでここなんですか」

そう言うと、先輩がまあまあと言いながら僕に酒を次いでくれた。

「だってこのほうが、テンゾウ喜ぶと思って」

さらりとそんな事を言われて、僕は唖然とした。

「よ、喜ぶ?」

「だってお前、俺の事好きでしょ」


・・・え?

僕が先輩の事、す、好き・・・?!


「いやいやいやいや・・・何言ってるんですか!」

否定しつつも、心臓がバクバクして飛び出そうだった。

「あはは・・・冗談だよ」

冗談って・・・。


でも僕は今までに、誰かを好きになった事なんてないから
よくわからない。僕はもしかして、先輩の事好きなんだろうか。


「僕、今まで恋愛なんてした事が無いんですよ」

だから本当にわからない。

「そうなの?」

「小さい頃から・・・隔離されて育てられたので、
今まで個人的に親しくなった人もいないですし」

こんな風に、誰かと理由なく飲んだりした事もない。

「じゃ〜、こうやって飲んだりするのは俺が初めて?」

「そうですね。僕の事、誘ってくれたのは先輩が初めてです」

そう言うと、カカシ先輩はうぅんと唸っている。
どうしたんですか?と訪ねたら、まじまじと僕の顔を見た。

「テンゾウって可愛がられそうな性格してるのにね。
皆、勘違いしてるのかな」
「皆・・・とは?」

僕が聞き返すと、苦笑いをした。

「いや、ね。テンゾウの評判を聞いたら
容赦ないって皆が言うんだよね。それに愛想が無いとか、
付き合い悪いだとか。俺、全然違うのになって思ったんだけど」

「・・・まぁ、そう言われても仕方ないと思います。
任務では確かに容赦はしないですし、愛想も無いかもしれません。
それが、先輩といると・・・」

調子狂うんですよ。

「嬉しい事、言ってくれるじゃない」

「・・・嬉しいんですか?」

「だって、テンゾウって本当はすっごくかわいいから
それを見せるのは俺といる時だけだなんて、嬉しいよ」

あ・・・あ。また、胸が痛む。
でも、心地のいい痛みで全然嫌じゃない。

「先輩といると、胸が痛くなるんです」
「あぁ、俺も」

せ、先輩も?

「原因って・・・何なんでしょうか。
さっぱり分からなくて・・・」

そう呟いて、酒を飲み干した。

「そうねぇ・・・。教えてあげようか?」

「教えてください」

僕は大真面目に答えて、先輩の方に向き直ると
先輩の両腕が伸びて来て僕の首を絡めとった。

「・・・!」

「目、閉じて」

囁くように先輩が言って、言われるがままに目を閉じると
先輩の匂いがふわりと漂ったその後に、先輩の唇が僕の唇の上に重なって。
そこからまるで電流が流れ込んでくるような甘い痺れるような感覚だ。

柔らかい唇の感触を感じているうちにどんどん体が熱くなってきて
僕は先輩の事を抱きしめたくなった。

誰かに恋をするって、こんな感覚だったのか。
今になって、ようやく僕は気付いて、先輩の事を愛おしいと思った。

僕は・・・先輩が好きなんだ。

首からするりと腕が離れて、先輩が僕を上目使いで見上げた。

「原因。・・・なんだったか、わかった?」

先輩も胸が痛くなるってことは・・・先輩も僕の事が好きってこと?

「ごめん。嫌だった?・・・でも、俺はテンゾウに
抱きしめられたいって思ってたよ」

先輩は俯いて、僕の胸に額をこつんと当てた。

「嫌なんかじゃないです!
僕は先輩が好きです。・・・やっと、気付きました」


もう、この胸の痛みの原因は分かって
先輩も僕の事が好きだって事がわかって
僕の気持ちを伝えて・・・。目眩がした。

先輩が僕の胸にぎゅっと抱きついてきた。
今までに体験したことのない、甘くて暖かいもの。
その体を恐る恐る抱きしめたら、先輩が僕の胸に頬を擦りよせた。

「あぁもう、テンゾウに言わせるつもりだったのに」

悔しそうに先輩がそう言って。

「・・・でも先輩、僕の事好きだなんてまだ言ってませんよ」

言葉ではまだ聞いていない。

「じゃあ、テンゾウからキスしてくれたら言おっかな」

「僕っ、からですか?」

先輩みたいに大胆な事、僕はできない。
でも、好きだって言ってほしい。聞きたい。

先輩はもぞもぞと僕の胸の中から離れて顔をこちらに向けて目を閉じた。

あぁもう、心臓がドキドキしすぎて
どうにかなってしまいそう。

「・・・キスの仕方とか、よく知らないんですけど」

僕はそう言って、先輩の肩を掴み
その唇に、さっき先輩がしてくれたように
自分の唇を重ねた。
甘い痺れるような感覚が心地よくて、
ずっとこうしていたいと思わせた。

そっと唇を離して、先輩を見つめると
少しだけ頬を赤らめた先輩が、熱い目で僕を見た。

「・・・好き」

呟くように言ったその言葉は、あまりよく聞こえなかったけど
先輩がとてもとてもかわいく見えて、
いくら気をつけても顔の筋肉が緩んでしまう。

「抱きしめて、ぎゅっと」

「はい」

先輩がしてほしいと言うのなら、何だってしますよ。

「テンゾウ。初恋は実らないっていう話、聞いた事ある?」

「・・・え?」

「あ・・・ううん、なんでもないよ」

初恋は実らない・・・か。でも僕の初恋は、今こうやって実を結んだから。

「そんなの、嘘ですよ」
「うん・・・そうだね」
「絶対、そうですよ」

これからどうなるのか、僕は恋愛の仕方が全くわからないから
予測はできないけど、先輩を想う気持ちは十分にあるから大丈夫。

「先輩、大好き」
「お待たせしまし・・・」

そう言って、腕に力を込めるのと同時に、急に部屋の扉が開いた。
恐る恐る振り返ると、そこには注文中だった雑炊を運んで来た
店の女の子が唖然とした顔で立っていた。

み、見られた・・・!

「しっ、失礼しました!」

顔を真っ赤にして引き返していった女の子を
僕は冷や汗を垂らしながら見守った。

「だだ、大丈夫ですよね!?変な噂、流れないですよね・・・」

先輩は里の有名人だ。今は暗部に属しているとは言っても・・・。

「ん〜?でもその方がよくない?
ほら、里の公認カップルみたいな」
「なっ・・・」

大体、僕達は男同士なんですよ・・・先輩。

でも明日にはもう二度と会えなくなる事が起こるかも知れない。
こうやって会えるのだって、もう無いかもしれない。

そう思うと・・・僕も、その方がいいのかもしれないだなんて思ったり。

「先輩、もう一度キスしていいですか?」

悔いのないように。

「聞かなくたって、いいよ」

      *