in the flight

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マイナスイオン(サンプル)






 今所属している暗部の後輩にテンゾウという男がいて。テンゾウとはツーマンセルで組む事が多いのだけど、どういう訳か俺によく懐いてくれている。

 大蛇丸の実験体にされ初代火影の遺伝子を組み込まれたテンゾウは、初代様しか扱えなかった木遁忍術を使う事ができる現在では唯一の忍。
そんなテンゾウの面倒を見てやってくれと三代目に頼まれた事もあってか、修行に付き合ってやったり食事に行ったりと任務以外でも付き合いがある。
 初対面の時は口数の少ない真面目な男だ、と思っていたけれど。いざ親しくなってみれば、よく喋るしよく笑う。そんなテンゾウといる時が一番落ち着くかもしれない。
 

 そんな話をアスマにぽろっと言ってしまったら咽せながら「そういう趣味だったのか」なんて言われてしまった。
「違うよ、全然そんなんじゃないから」
「そうか?お前がそんな風に他人と接するなんて珍しいから、てっきり」
 俺は全く自覚していなかったけれど、そんな事を言われ慌てて否定をした。でも確かに誰かといて、あんな風に思う事は初めてかもしれない。
「・・・・・・やっぱり珍しいと思う?ここ最近ずっとモヤモヤしててね、あいつの事ばかり考えてる」
 好きになってしまったのか。なんて考えると頭を抱えずにはいられなかった。
「でもまだ好きだと確信した訳じゃないんだろ?俺は相手が男でも良いと思うけどな、お前に大事な人が出来たなら」
 アスマはそう言って煙草に火を付けた。
 そうだ、まだ確信した訳じゃない。だけど今まで人に恋愛感情を持った事が無かったから、好きになるという事がイマイチよく分からないんだ。
「俺、そういう趣味は無いと思ってた。勘違いだったら良いんだけど」
「お前に懐いてるのは外から見てても分かるけど、そういう目で見てるかどうかは分からんな」
「あのさ・・・・・・なんか、俺があいつの事が好きだっていう話になってない?」
「自分でそれと同じような事、言ってんだろ」
 そう言われると何も返せなくなり、はぁと溜め息を吐いた。
「・・・・・・なんでかなぁ。でも、あいつと居ると本当に癒されるのよ」
「癒されるのはあれだろ、木遁使いだからじゃねぇの?」
「は?」
「木遁の残り香で檜の匂いがするから癒されるって暗部の連中が言ってたぞ」
「俺、真面目に話してるんだけど」
 突然アスマがそんな事を言うものだから思わずそう言ったのに。
「本当の話だよ・・・・・・。お前は人一倍鼻が効くんだから分かるだろ」
 言われてみれば確かにテンゾウからは、いつも檜の良い匂いがしている。人の体から木の匂いがするというのも変な話だけど、木遁使いのテンゾウだから当然のこと。
「じゃあ俺がテンゾウと一緒にいて落ち着くのは、木遁のせいって事?」
「それは分からんが、その可能性もあるかも知れんな」
「そうだと良いんだけどね・・・・・・」
「まあ頑張れ。上手くいったら奢れよな」
 アスマはそう言って笑い、片手を上げながら去っていった。
 上手くいったらって、まだ好きかどうかもハッキリしていないのに。でもアスマに話した事で少し気持ちが落ち着いたかもしれない、この所テンゾウの事を考えてばかりだったから。
 アスマの言う通り、木遁の残り香で癒されてるだけだったら良いのになぁ。一緒に行動する事が多すぎてあまり意識していなかったけれど、気付かなかっただけかもしれない。
 檜の香りには色んな効用がある事ぐらいは俺も知っているけど、詳しい事はよく分からない。かといってテンゾウに聞いて気付かれてしまったら嫌だからテンゾウには聞けないから、今度図書館にでも行って調べてみよう。そうすれば少しは自分の気持ちが分かるかもしれない。
       ◇

 後日、木ノ葉図書館に足を運んだ。関連していそうな本を手当たり次第選んで窓際のテーブルに腰を降ろす。朝から日差しがとても強くて暑いからか、図書館も人が少ないように感じる。
 机に頬杖を付いてパラパラと本を捲ってみたは良いのだけど、どれもあまりピンと来なくて頭を抱えてしまう。確かにテンゾウに癒されはするけれど、それが檜の匂いのお陰なのかどうなのか。
 森林浴について書かれている本を眺めていると、マイナスイオンというものが植物からは発生しているらしい。テンゾウは森ごと木遁で創り出したりできるけれど、そもそもテンゾウは植物じゃないし。
 やっぱりアスマの言う通り、檜の香りに自分でも気付かない間に癒されてるのかもしれない・・・・・・。なんて無理矢理自分の中で納得させて、本を閉じた。
 読んだ本を元に戻そうと立ち上がると、背後から馴染みのある声が聞こえてきて心臓が飛び上がった。


「カカシ先輩?」
 テンゾウ?どうしてこんな所で。
 ちょっと今は会いたくないなぁと思いながら振り返れば、嬉しそうな顔をしながら俺の所まで歩いてくる。
「こんな所で会うのは初めてですよね。何か調べ物ですか?」
 そう言ってテンゾウは俺が持っていた本を覗き見る。本人に聞きづらかったから図書館に来たのに。
「ん、ちょっとね」
「森林浴ですか?」
 テンゾウは案の定、不思議そうな顔で本をじっと見ている。そりゃそうだろう。任務に出るにしたって森の中を通って行くのだし野宿が当たり前。修行だって森の中だ。今更、森林浴なんて不自然すぎる。なんて答えようか考えてしまう。
「森林浴の効能って、そういえばよく知らないなぁって思ってね」
「先輩がそういう事に興味があるとは意外です。僕に聞いてくれたら良かったのに」
 そう言ってテンゾウはにっこりと笑った。
「あぁ、木遁使いだし詳しいのは当然か」
「先輩この後予定ありますか?もし時間があるなら僕の家に来ませんか。ここには無い本もありますし、色々説明しますよ」
 テンゾウの家には何度か用事があって行った事はあるけど、中には入った事が無い。正直な所、森林浴については別にもう聞いても仕方がないのだけど。テンゾウって家でどんな生活をしているんだろうと興味が湧いた。
「じゃあお願いしようかな」


 テンゾウの家は暗部の待機所からすぐ近くの場所にある。木遁で立派な家を建てる事ができるけれど、住んでいる部屋は暗部専用の狭いアパートだ。
「ちょっと散らかってますけど、どうぞ」
 そう言ったテンゾウの後に続いて部屋の中に入ると、どこが散らかっているのか分からない位きれいに整頓された部屋だった。
 部屋の中に大きな観葉植物がいくつか置かれているせいか、澄んだ空気がとても心地良い。
「すぐ片付けますね、座ってて下さい」
 テンゾウはソファの上に何冊か置かれていたままになっていた本を片付けながら言った。散らかってるって、これの事だったのかな。
「気にしなくていいよ」
「はい。でもとりあえずお茶いれてきます」
そう言って隣の部屋に行ったテンゾウを見送りながら、ソファに腰を降ろした。部屋に植物があるだけで、こんなに変わるものなのかと思った。初めて入った部屋なのに不思議と落ち着く。
「お待たせしました」
すぐに麦茶を持って戻ってきたテンゾウは、少し間を開けて隣に座った。
「あの植物って木遁で出したの?」
「はい。あれは僕のチャクラが組み込まれているもので、部屋に異変があった時に察知して術が発動するようになっているんです」
「気づかなかった。そんな事もできるの、便利だね」
 感心しながらよく見て見ると、上手く隠しているけれどテンゾウのチャクラが確かに感じられる。術が作動するという事は枝が伸びて対象者を拘束したりするのだろうか。
「実際に作動した事は無いですけど、万が一の時に備えて念の為に。確か、先輩の部屋も結界張ってましたよね」
「一応ね。って、俺の部屋に来た事あったっけ」
「部屋の前までは何度か行った事はありますよ」
 そう言ってテンゾウは少し笑ったから首を傾げると、やっぱり覚えていないですかって言ってまた笑った。
「先輩が任務に時間通りに来なくて部屋まで呼びに行った事が何度かありますし、暗部で忘年会をした時に酔っぱらった先輩を送り届けた事もあります」
「あの時送ってくれたのってテンゾウだったの?」
 普段は酔ったりしないんだけど、その時は徹夜続きだったのに結構な量を飲んでしまって。気付いたら部屋で寝てたんだよね。後で誰が家まで送ってくれたのかってテンゾウに聞いた時、教えてくれなかったのに。
「家まで送っている時に先輩が僕に言ったんです、こんなにも酔ってる所を僕に見せたくなかったって。次の日先輩に会ったら覚えていないようだったので、黙っている事にしたんです」
「俺、そんな事言ったの?」
 確かに俺の事を尊敬して慕ってくれている後輩に、記憶がなくなるまで酔っぱらった所を見られたくは無いけれど。それを本人に言ってしまったとか恥ずかしすぎる。
「・・・・・・言わない方が良かったですね」
 決まりが悪そうに言うから余計に恥ずかしくなってしまった。
「いや、別に良いんだけど恥ずかしいでしょ」
「でも僕は嬉しかったですよ。先輩が僕の事を考えてくれているんだなって思って」
「そりゃ考えるよ。暗部にはテンゾウ以外に親しくしてる奴なんていないし、あんまり情けない姿は見せたくない」
 そう言ってひとつ息を吐いてから、テンゾウが持ってきてくれた麦茶に口をつけた。
「でも今更といえば今更ですよね」
「ん?」
「イチャパラ読んでる時なんてニヤニヤしてますし、遅刻はよくするし」
「うるさいよ」
 ちらりとテンゾウを睨むと凄く楽しそうに笑ってて。言われて嬉しくない事を言われている筈なのに、つられて笑ってしまう。これがアスマやガイだと絶対に言い返すのに、テンゾウが相手だといつもこうだ。
「でも先輩の良い所だと思ってます。それに僕は先輩以外に親しい人も居ないので、先輩のそういう所ももっと知りたいです」
 にっこりと微笑みながら言ったテンゾウの言葉に一瞬ドキッとしてしまった。アスマに変な事を言われてから、ずっとテンゾウの事を意識してしまっていて。やっと無理矢理だけど、それは勘違いだと思う事にしたばかりなのに。
「変な事言ってすみません、気にしないで下さい」
「いや、構わないけど。でも俺からするとテンゾウの方が良く分からないよ、普段何してるのか」
「一人でいる時は本を読んだりしてる事が多いです。僕の事なら何でも教えますよ」
 テンゾウは悪気は無いのだと思う、思いたい。でも、たまにこういう事を言われるとかわいく思えてしまうのだ。
「僕、料理も結構得意ですよ。先輩も得意そうですよね、器用だから」
「外食ばかりにならないように気を付けてるけど、一人分を用意するのって面倒だよね。それでなくても暗部は急な任務が多いし」
「長期任務から帰って来て食材駄目にしてしまうとか、よくありますね。なので僕はまとめて作って冷凍したりしています」
「ほんと几帳面だよね、テンゾウ」
「そんな事ないですよ。そうだ今度また食べに来てください、誰にも食べてもらった事が無いんです」
 テンゾウはサラッと言ったけど、もしかして誰とも付き合った事ないのかもしれない。テンゾウの性格を考えると誰かと付き合ったら色々と相手にしてあげそうな気がするから。
「俺なんかで良いの?」
「もちろんです!いつにしましょうか」
 勢いよく返事をしたテンゾウの顔がとても嬉しそうで、まるで子犬のようだと思った。
「いつでも良いよ。でもオフの時が良いよね、さすがに任務の後は疲れてるでしょ」
「オフの時にするなら、一緒に森林浴にでも行きませんか?僕の好きな場所、案内したいです」
「うん、良いけどなんか・・・・・・」
 なんかそれってデートの約束みたいだ。と、言いかけて慌てて止めた。だけどデートだよね、これどう考えても。
「やっぱりオフの日が一日潰れるのは、さすがに嫌ですよね」
「それは別に良いんだけど。テンゾウこそ良いの?」
「何がですか?」
「あー・・・・・・いや、なんでもないよ。じゃあ次のオフね、決定」
 テンゾウといると気が緩んでしまって、うっかり余計な事を言ってしまいそうになる。俺やっぱりテンゾウの事が好きなんじゃないのか。
「じゃあ朝、僕が迎えに行きますね。待ち合わせだと先輩、遅刻しそうなので」
 嫌味を言われているのにニコニコと嬉しそうな顔をしているテンゾウを見たら、やっぱり怒る気が失せてしまう。俺ってもしかして流されやすいのかもしれない・・・・・・。
「ちゃんと起きて待ってるよ。よろしくね」







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