in the flight







痴話喧嘩

    (一話完結)





テンゾウと喧嘩どころか、痴話喧嘩すらした事がない。

そう言ったら、本当に仲がいいんだねぇだなんて
羨ましがられたりもするんだけど、たまには喧嘩だってしたい。
くだらない事で言い合いとかして、その後すぐに仲直りして
いちゃいちゃしたりしてみたい。
そんな事があるからこそ、愛って深まるんじゃないの?
そう思ってるから、わざと理不尽なワガママを言ったりしてるのに
テンゾウのやつ、俺のワガママを全部聞いてくれるような優しい奴だから
喧嘩に発展した事が一度もない。

優しいのは、いいんだけど。大好きなんだけど・・・たまには
怒ってほしい。ツンツンしたテンゾウも見てみたい。
だって、みんなは俺の話聞いて、信じられないって言うんだから。

なんでも俺がいない時のテンゾウは、ものすごくSっ気たっぷりで、
後輩には『恐怖による支配も嫌いじゃないんだよね・・・』だなんて
とんでもない事言ってるらしいし。

確かにテンゾウの得意な術って、拘束だったり追跡だったりするから
皆がそう言うのも真実味があるけど・・・。
かといって、拘束されてどうにかされたいって思ってる訳じゃないからね。
・・・一応言っておくけど。
でも、でもね。ちょっとぐらい・・・、そんなテンゾウも見てみたいでしょ。
恋人の知らない一面を知りたいって思うのが普通でしょ?
だから今日は、ワガママじゃなくてテンゾウを怒らせてみようと思った。


   *



任務が終ったあとは、テンゾウの家か俺の家で過ごすのが
いつの間にか当たり前になっていて、今日はテンゾウが
俺の家に来ていた。

食事の後、淹れたコーヒーを飲みながら
任務で疲れた体をソファに深く沈め、俺の隣に行儀よく座りながら
本を読んでいるテンゾウの脇腹を擽ってみた。

「わっ・・・ちょっ、あは・・っくすぐったいですよ」

体を思い切り反らして過剰に反応したテンゾウが面白くて
俺は体を起こして、さらに脇腹を擽ると、その手をがっちりと
掴まれてあっさり阻止されてしまった。

「先輩、構ってほしいんですか?ごめんなさい、本に夢中になってしまって」

そう言って、テンゾウがふと甘い顔をして俺を見つめた。
・・・うん、テンゾウのこの表情好きなんだけどね。
嬉しいんだけどね。なんていうか、本読んでるんだから邪魔しないで、とか
仕返しですよとか言って、擽りあったりとか・・・俺はしたいって思ってるの。

「構ってほしくなんかないもん」

わざとムスッとした顔を作って、横を向いたら
テンゾウが本を置いて、俺を抱きしめようとソファの上で
体を移動させたのがわかった。

抱きしめられたら、またうやむやになってしまう。
流されちゃう。そう思った俺は抱きしめられる前に立ち上がって
テンゾウを見下ろしたら、困惑した顔をして俺を見上げた。

「・・・先輩、何か怒ってます?」

怒ってなんかない。そうじゃない。どうして分かってくれないの?
どうしてテンゾウはこんなに優しいんだ。
こんなにワガママ言ってるのに、嫌な顔すらしない。

「もう嫌だ。優しいテンゾウなんか、キライ!」
「・・・!」

テンゾウは悲しそうな顔をして、俺の目をじっと見た。
本心かどうか、探るためなのか。真っ直ぐな目で見られると
ものすごく後ろめたくて。

どうしてキライだなんて言っちゃったんだろう。

でも後に引けなくなって、困った俺は

「・・・出てく!」

と、玄関に向かって駆け出したら
玄関先で、床から生えてきたテンゾウの木遁術によって
足首を捕まえられ、勢いよく派手に転んでしまった。

いくらなんでも部屋の中で術使うとかヒドいでしょ!

キっと倒れたまま振り返って、テンゾウを睨むと
そのテンゾウの表情に俺は言葉を失った。

ぎゅっと唇を真一文字に結んで、
まるで世界の終わりにひとり取り残されたような
そんな顔をして立っていた。

もはや喧嘩したいとか、そんな事言ってる状況では無さそうだ。

「・・・テンゾ?」

きっと今の俺は、顔が真っ青になってるだろう。
どうしよう。どうしよう・・・。

「・・・テンゾウ、怒ってるの・・・?」

すると、テンゾウが俺の元へ歩いてきて蹲んだ。
恐る恐るその顔を見上げると、その黒目がちの瞳に
涙を溜めて、ぎゅっと眉を潜めて零れ落ちないようにしている様だった。

「先輩、本当に・・・僕のこと嫌いになったんですか?」

テンゾウの言葉が胸に突き刺さって、返す言葉が
なかなか出てこない。

「だから最近、理不尽な事を言ったりしてたんですか」

違う、違うのに。

「僕・・・帰りますね。嫌いな僕がいたら、先輩も不快ですよね。
 術も解いていきま・・・」

テンゾウの言葉を遮って、俺は蹲んでいるテンゾウを抱き寄せて。

「・・・わっ」

その勢いで、テンゾウがバランスを失って倒れ込んできた。
ずしりと俺の胸の上に、テンゾウが伸し掛かり、離さないように
力強く抱きしめた。

「先輩?」

「・・・ごめんね、テンゾウは何も悪くない。嫌いな訳、無い」

すると、ぐじゅ、ぐじゅっと鼻を啜る音が聞こえてきて、
テンゾウが俺の体にぎゅうっとしがみつく。

泣かせるつもりなんて、なかったのに・・・。
自分勝手な理由でテンゾウの事悲しませた。

「じゃあ・・・なんで・・・」

「・・・テンゾウと、喧嘩したかった・・・の」

言い訳も見つからないし、泣かせてしまったからには
いい加減な事も言えなくて、本当の事を言うしかなかった。

するとテンゾウはむくりと顔を上げて、涙でぐちゃぐちゃの顔を俺に見せた。
・・・泣き顔なんて、初めて見る。
居たたまれない気持ちになって、もう一度抱きしめようとしたら・・・
テンゾウがぐいっと涙を拭って俺から離れた。

「・・・もう本当に先輩は・・・」

「・・・?」

言葉の続きを俺が不安に思いながら待っていると、
テンゾウはいつもするみたいに首を横に傾げて微笑んだ。

「・・・どうしてそんなに可愛いことばかり言うんですか」
「ごめんなさい・・・」

あぁ・・・でも、俺やっぱり優しいテンゾウが好きだ。
ひどい事言ったのに、泣かせたのに、笑って許してくれる人なんて
テンゾウしかいない。

「・・・でも、さすがの僕も今日は限界っていうか・・・」
「・・・え?」

ニコニコ笑っていた顔が、今まで見た事の無いような怖い顔になって。

「先輩、明日休みでしょう?・・・これは朝になるまで解きませんからね。
 お仕置きです」

ずぅぅ・・・んと、もう本当におっかない顔をしてそう言ってから
俺を置いてさっさと部屋に戻ってしまった。

足を拘束している術を解いてほしいのに、さっきの威圧的な顔が脳裏に焼き付いて何も言えない。
テンゾウはというと、ニコニコしながら本の続きをソファで読んでいる。

もうテンゾウと喧嘩したいとか・・・絶対思わない!



           *  完  * 





★ それでもテンゾウは優しいので、カカシが眠ったら術を解いてちゃんとベッドに運んであげます。そして添い寝して、朝起きた時に「昨日は意地悪してごめんなさい」と、カカシに言う。そして→→イチャパラ。・・・