in the flight







浮気

    (ラブラブ・・・汗)





嫌なものを見た。

テンゾウが、まさかそんな事するなんて思ってもみなかったから、
一瞬にして思考能力が止まり、俺はその場に立ち尽くしてしまった。


任務が終った後、いつものように立ち寄ったテンゾウの家のドアの鍵を開けて
目に飛び込んできたのは、俺の知らない男とベッドで一緒に横になっているテンゾウの姿だった。
少し華奢な男の肩をその腕で抱きながら、入ってきた俺の事をじっと見るその目にいつもの優しさはなく、
ただ静かに俺を見据えていた。

体中が震えた。そして、俺が入って来たのにテンゾウは何も言わない。
ただ俺の反応を伺っているようにも見れるけど、考えもしなかったこの状況に
俺は何も言えなかった。吐き気がする。
俺・・・テンゾウに何かした?

思い当たる節は沢山ありすぎて分からない。
テンゾウじゃない男と寝たりする事もたまにあるけど、
そこには感情なんてなくただの性欲処理だと思っていたから俺には罪悪感なんて無かった。
テンゾウに知られた時もそう答えた。

だからテンゾウが、性欲処理の為に他の男を抱いたりしたって
平気だと思っていたのに、実際は全くそうではなかった。
今見ているこの光景を俺はどうしても肯定する事はできない。


嫌だ。
テンゾウのその腕に抱かれるのは俺でしょ?
そこは俺の場所なんだ。お前、誰だよ・・・!
怒りがこみ上げギリリと歯を食いしばる。


でも俺が・・・俺が非難した所で、こんなのは性欲処理だって言われたら、俺は返す言葉が無い。


「先輩、何も言うことはありませんか」

じっと冷めた目で俺を見ていたテンゾウが、ようやく口を開いた。
テンゾウの腕に抱かれている男もチラリと俺を見る。
その男の顔を見た俺は、嫉妬と怒りのあまりに頭に血が昇った。


「お前っ・・どういうつもりな訳・・・!仕返しのつもり?」

「僕は先輩の言う性欲処理がどんなものか試したまでです」

「……」


やっぱりテンゾウは俺に仕返しをしたらしい。
俺を試しているかのような凛とした目で見られると、この場で泣き出してしまいたくなった。
テンゾウ、こんな仕打ちあんまりでしょ。
あぁでも俺に、あんなのは性欲処理だって言われたテンゾウは、
きっと今の俺よりもっと傷付いたんだろう。
そんな事を平気で言われたら、俺なら嫉妬と悲しみで気が狂ってしまうかもしれない。
まっすぐに俺を見据えるテンゾウの目が、静かにそれを語っているようだった。


「試してみてよく分かりました。確かに性欲処理だと考えればとても簡単ですね。
 でもこれだったら僕はもう先輩がいなくても大丈夫ですよ」

「・・・テンゾウ、本気で言ってる?」

「こんな時に冗談なんて言いませんよ、僕」


テンゾウはそう言いながら、抱きしめている男の髪をいつも俺にするように優しく撫でた。

やめてよ・・・テンゾウ。もうこれ以上やめて。気が狂いそうだから。
その男の黒髪に唇を落とすテンゾウの仕草に堪らなくなり、
俺はテンゾウと男が寝ているベッドに歩み寄った。

「先輩より素直で可愛かったですよ」

テンゾウの言葉に完全に頭に血が上った俺は、ずっと何も言わないで
黙ったままのその男の襟首を掴み上げた。無意識だった。
それなのに、テンゾウもこいつも何も言わない。
何かがおかしいと感じながらも、俺は沸き上がる感情を止められなかった。

「お前、俺の男に手出すなんて度胸あるよな・・・」

掴み上げた時にテンゾウの匂いが、この男からふわりと漂ってきて、
本気で殺してしまいたいと思った。
でもその瞬間に、大きく煙りを立てて掴んでいた男が消えてしまう。
変わり身・・・では無い。


え・・・何、これ。・・・分身?


訳が分からずに唖然としている俺の腕を、
テンゾウがベッドから手を伸ばして強く引っ張った。
反動でテンゾウの胸に飛び込んでしまうと、更に訳が分からなくなった。
そして息が詰まるほどに強くテンゾウに抱きしめられる。


「先輩、ごめんなさい・・・ごめんなさい」

「なっ・・・何、急に謝ってるの・・・」


さっきまでのテンゾウは一体なんだったの?
全くこの状況が飲み込めないで混乱してしまう。
・・・分身は、何だったの?


「僕は先輩のことが好きで好きで堪らなかった。
 だから先輩が他の男と寝てるだなんてどうしても耐えられなかったから、
 もし・・・僕が同じ事して先輩が平気なのだったら、もう別れようと思って
 いました。これ以上我慢していると僕は嫉妬で頭がおかしくなりそうだったから」

「も・・・やだよ、テンゾウ・・・俺以外の男、抱いたりしないで。
 分身でも嫌だ。ここは俺の場所でしょ・・・?」

「はい。・・・だから分身を使ったんです。先輩だから見抜かれるかも
 知れないと思ったんですけど・・・。嬉しかったです。先輩が怒ってくれて。
 でもさっき、本気で殺そうとか思ってたでしょ・・・先輩。殺気が凄かったですよ」

「仕方ないでしょ。・・・分身って気付かない程に、気が動転してたんだから」

「そうですね。・・・本当にごめんなさい」

そう言って、テンゾウが俺の髪に顔を埋めた。
テンゾウの熱い息がかかって、胸がざわめき立つ。


       *


謝らないといけないのは俺なのに、そんな事も気付かないほどにまだ混乱している。
別れようと思ってただなんてそんな素振り全然見せなかった・・・。
いや、俺が気付いてなかっただけなのかもしれない。
息もできなくなるほど、俺を強く抱きしめているテンゾウの背中に腕を回して夢中で抱きしめた。
離したくない。
テンゾウだけは失いたくないんだ・・・。
その想いだけが確かに頭の中を駆け回っていた。

「・・・先輩」

「どこにも行かないで。ずっと俺のモノでいて」

「先輩が僕だけのモノでいてくれたら、僕はずっとここにいますよ」

それなら一生離れられないよ?テンゾウはそれでいいの?
別れようと思っていた。という事実が、俺を不安にさせる。

「ねぇ・・・テンゾウ。もっと強く抱いて」

「これ以上強く抱きしめたら・・・息、出来なくなりますよ?」

「いい。お前が抱いててくれるのなら死んでもいい」


俺がそう言うとテンゾウは抱きしめていた腕を緩めて俺を下に組敷いた。
テンゾウの、涙を浮かべているような熱い目を見て胸が疼き、痛い。

「テンゾウ、苦しい」

「僕も、先輩が好きすぎて苦しいです・・・。抱いていいですか?」

「・・・うん」


夜に溶けるまで抱き合って、意識が飛ぶほど抱き合ったら。
そしたらこの胸の苦しみは、朝が来たら甘くて優しい気持ちに変わるんだろう。

テンゾウの声だけでも俺は気持ちよくなれるし、唇が触れ合っただけで体中が熱くなる。
分かっていたのに。知っていたのに。
それなのに、あんな事をしていた俺は、多分こうなってしまうのをどこか怖がっていたのかも知れない。

もうテンゾウがいなかったら、生きていけないとさえ思う程好きになっていた事に
気付かない振りをしていただけなのかも知れない。
失った時の事を考えるととても怖くて怖くて仕方が無かった。
でももうそんな事も言ってられない状況になって、やっと素直になれたら自分の中で何かが繋がった気がした。


ワガママでごめんね、テンゾウ。でももう俺はお前以外考えらんないから。
だから今日は結局謝れなかった俺のこと許して。


           *  完  * 






1/13 加筆修正いたしました。