in the flight




          

約束








ずっと前、一度だけ先輩に言ったことがある。
僕とずっと一緒にいてくれるって約束してくださいって。
その返事が、こうだった。

そんな約束なんてするもんじゃない。
結局は、お前が安心したいだけでしょ。

先輩の言ってる事が分からない訳じゃないけど、
実際先輩の言う通りなんだけど、恋愛に関しては気ままな先輩と
付き合っていたら、そんな事も言いたくなったんだ。

今はもうすっかり落ち着いた先輩が、僕の目の前のソファで
相変わらずのイチャパラを読みながらウトウトしている。
僕は冷めかけの珈琲を飲みながら、そんな先輩を眺めて
昔の事を思い出していた。

あの頃はこんなに長く付き合う事になるなんて、想像もしなかったな。
いつから何がきっかけで、先輩にとって特定の人が僕になったのか
全然分からない。先輩にとっての僕は、なんとなく体を重ねるだけの相手
ぐらいにしか思われていないと思ってたのに。

すぅすぅと寝息が聞こえてきた。
僕の部屋着に身を包んで、無防備な顔をこちらに傾けている。
部屋の外を見るといい天気で、一緒に昼寝するにはちょうどいいけど、
その前に洗濯物を干さなきゃいけないし、夕飯の支度もしないとな、と
思ったら寝る訳にはいかない。

なんだかんだで一緒に暮らし始めたら、身の回りの事は全部僕の担当に
なってしまった。先輩も忙しいけど、僕だってそれなりに忙しいんだけどね。
でもまぁ、先輩のためだと思うと不思議と頑張れる。

先輩を起こさないように静かにベランダに出て、二人分の洗濯物を
手際よく干していく。僕のヘッドギアもそうしているが、先輩の
額当てはもちろん丁寧に手洗い、だ。柔軟剤も忘れない。

洗濯物を干し終わったら、夕飯の買い出しだ。
音を立てないように家を出ようとしたら、ふと先輩が起きて
僕を呼び止める。

「テンゾウ、買い物?」
「ええ。なにか食べたいものありますか?」
「秋刀魚の塩焼き。でも、生秋刀魚じゃなきゃ食べない」
「・・・生秋刀魚は今はありません。意地悪言わないで下さいよ」

無いの知ってて言うんだから、困った人だ。
苦笑いを浮かべて溜め息を付くと、くすくす笑って立ち上がる。

「冗談。俺も行っていい?」
「昼寝はもういいんですか?」
「んー、たまには俺も一緒に行く。そうだ、何か旨いもの・・・」
「駄目ですよ、外食は。あと、必要なものしか買いませんけど、
 それでもよかったらどうぞご一緒に」

先輩が付いて来たら、あれもこれもって余計なものまで買わされる
んだから。でも、それはそれで楽しかったりする。

「はいはい、わかってますよ〜」

そう言って、後ろめたそうに頭をぽりぽり掻く先輩がかわいくて
にっこりと微笑みかけたら、んん?と不思議な顔をされた。

「さ、先輩。はやく行きましょう」

背を向けて玄関に歩き出すと、先輩も後から付いてきて
僕に顔を差し出した。忘れてるでしょって。

「あれは先輩が出かける時の約束であって、一緒に出かける時は・・・」
違うでしょうって言いかけたら、先輩に唇を塞がれた。
チュっと音を立てて、唇が離れたら軽く頭突きをされる。

「ちょっ・・・痛いです」
「細かい事言うな。もっかい」

そう言って軽く目を閉じた先輩の頬に両手を添えて、深くキスをした・・・ら、
んんっと唇を離されて、ムッとした顔で僕を睨んだ。

「軽くキスするって約束でしょ。・・・買い物に行きたくなくなる」

朝起きた時、ベッドから出る時、家を出る時は必ず僕から先輩に
軽くキスをするって約束は、先輩が言い出したんだ。
昔に、約束なんてって言ってた先輩が。

「そうでしたね。じゃ、もう一度」

買い物に行くのやめてイチャイチャするのも悪くはないけど、
そんな事になって夕飯作れなかったら先輩は多分怒るんだろうな。
先輩に軽くキスをしたら手でも繋いで出かけたい気分になって、
そっと先輩の手を握ったら、馬鹿って言われたけど
ぎゅっと握り返してくれた。



おしまい






もどる