in the flight





あめ玉 1 4














退院祝いにと選んだ店は、ふぐ料理のお店。
もちろん退院祝いというのが前提な訳だけど、
やっとの事で想いが通じ合ってからの始めての食事。
まさかこんな事になるなんて思ってもみなかったけれど、
せっかくなんだから普段なら行かないようなお店で、
でもあっさりとしたものを・・・という事で、僕は急いで個室を予約した。


あの後、本当にすぐ食事を持った看護士さんが部屋を尋ねてきたものだから、
僕はいそいそと後ろ髪を引かれる思いで病室を後にした。

目を閉じれば、キスをした時の事が思い出されて体が熱くなった。
僕を見つめていた潤んだ瞳と、ドキドキしていた心臓の音と、ほんのり赤くなった頬と。
そしてキスをした時に漏れた甘い溜め息。

僕はどうして今まで我慢していたんだろうと思って、溜め息を吐いた。
あんなに誘われていたのに、我慢できていた自分に一番驚く。
でもあの時の先輩はチャクラ切れのせいで冷静だったから、だから僕も
先輩の意図が分からなくて悩んでいたのだけれど。

とにかく今日は、先輩も退院したてなんだし我慢しなきゃいけない。
我慢できるのか、ものすごく不安だけど・・・。


病院まで迎えに行くと言ったのを、先輩は照れるから外で待ち合わせようと言って断って。
病院のすぐ傍の、大きな木の下で待ち合わせする事になったから
そこでずっと僕は待ってるのだけれど先輩が来ない。

先輩が約束の時間に来ない事は今に始まった事じゃないけれど、
もうそろそろ来てくれてもいい時間なんだけどな・・・。陽はもうすっかり傾き始めていた。

そしてもう辺りは暗くなって肌寒くなった頃、やっと先輩が来た。
松葉杖はもうついてなくて、もうかなり体調も元に戻っているようだ。

「ごめ〜んね、待った?」

ちょっとだけ申し訳無さそうに言う先輩に、怒る気が沸かないのは不思議なもので。

「いえいえ、先輩を待つ事には慣れてますから。行きましょう、予約してるんです」

多分こんな事になるんじゃないかと思って、予約の時間は遅めにしておいて正解だった。

「お腹空いた。何かあったかいものだったら嬉しいんだけど・・・」
「てっちりです。食べれますよね?」
「え、いいの?」
「いいんです。今日は退院祝いですし・・・それに、大事な日でもある訳ですから」

僕がそう言えば、先輩はぎょっとした表情をした。

「や、気持ちは分かるけど・・・俺もまだ、病み上がりだから。それに、昨日の今日でいきなり・・・」
「・・・何の話ですか?」
「まだその・・・心の準備が出来てないっていうか」

そう言って、先輩は顔を少し赤らめている。
・・・もしかして先輩、大事な日っていうのを何か勘違いしてるんじゃ。

「あの、先輩」
「もちろん嫌じゃないよ。俺だってお前とそういう事したいし・・・ていうか、
 そういう事したくて色々ちょっかい出したりしてたんだし・・・」

ぶつぶつ俯きながら言う先輩は、僕の話を聞こうともしない。
いやあの・・・そういう意味じゃないんですが・・・って言いたいのだけど。
でもまぁ・・・勘違いしててもいいや。
そんな事を想像して赤くなってる先輩は、びっくりする程かわいかったから。

「とりあえず、早く行きましょう」
「え?あ、あぁ・・・そうだな」

僕の言葉に顔を上げてから、うんうんと頷いて肩を並べて僕の隣に並んだ。
その時に先輩から、ほんのりと石けんの匂いが漂ってきた。

あ・・・遅れて来たのって、もしかしたら家に帰って風呂に入ってきたせい?
それって・・・もしかして、先輩、本当に僕と今日・・・。
心の準備はできてなくても、そっちの準備はしてきたって事なんだろうか。
気になるけど、そんな事聞けないし・・・。

そう思ったら、隣にいる先輩を必要以上に意識してしまって。
僕まで顔が赤くなってしまう。
だけど先輩の言った通り、先輩は病み上がりなんだし・・・我慢しなきゃいけないんだ。
でも、こんなかわいい先輩を知ってしまったら、どうしても抱きたいって思ってしまう。

僕はそれからずっと、悶々としながら黙って歩いて。
先輩もきっと同じだったのか、照れていたのか。同じようにずっと黙ってて。
それから僕達は予約していた店に入り、静かで落ち着いた雰囲気の個室に通された。







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