in the flight





あめ玉 1 6














このまま一旦お預けになるのなら、僕の家で退院祝いをすれば良かった。
先輩を抱きしめたままでいるせいか何なのか分からないけど、熱が収まりそうにないから
やっぱり一度部屋の外にでも出て、頭を冷やしたほうがいいかもしれない。

そう思って先輩を少しだけ引き離して視線を上げたら・・・
テーブルの上の鍋がグツグツと白い煙を上げていた。

「鍋・・・っ」
「え?」

僕の慌てた様子に先輩も振り返る。
とりあえず一度火を止めなきゃと立ち上がってコンロの火を消す。
鍋を覗いてみれば、野菜はぐずぐずに煮くずれて見るも無惨な状態だ。
途方に暮れてしまう。

「・・・どうしましょう」

今日の本当の目的は一緒にご飯を食べる事だったのに、これじゃあ台無し。
ゴトゴトと鍋が煮立つ音だって、結構な音を立てていたのに
それにすら気付かないで、あんな事してしまった自分が恥ずかしい。
確かに他の事を気にする余裕なんて、全く無かったけど・・・。
こんな事は、生まれて初めてだ。
すると先輩はがっくりと肩を落とす僕に文句を言うでもなく、笑顔を見せた。

「まだ野菜もいっぱい残ってるし、大丈夫。それに病み上がりだから
 ちょっと煮込んであるほうが胃にやさしいし・・・俺だって全然、気が付かなかったし」

と、まだ紅潮したままの頬を緩ませて言われたら
思わずまた抱きしめてしまいたくなったけど、そこは我慢して先輩の隣に腰を降ろした。
気付かなかったのはお互い様だったって事か・・・そう思ったら、なんだか嬉しかった。

「じゃあ食べましょうか」
「・・・ねぇ。やっぱり隣で食べてもいい?」
「もちろんです。あ、ちょっと待ってください」

そう言って、先輩が最初に座っていたテーブルの反対側へと回り
座椅子とお酒の入ったグラス、取り皿やら箸やらを僕の隣に運んだ。


            *


さっきまでの性欲が食欲に向けられてしまったのか分からないけれど、
山ほど盛られていた野菜やフグをすっかり食べ終えた頃には結構な時間になっていた。
美味しい食事に酒も進み、病み上がりだとか言ってた先輩は
僕が止めるのも聞かずに沢山飲んで、帰る頃にはフラフラに酔っぱらっていた。


その帰り道。こんなに食べたのはいつぶりだろうかと思いながら、先輩の肩を抱いて歩いていた。
僕も結構飲んでしまったけれど、先輩をちゃんと連れて帰らないとという責任から、そんなには酔ってはいない。

「先輩酔ってるから、送ります」
「ん〜・・・送るって、どこに?」
「先輩の家ですよ。明日からリハビリですよね・・・だから、早く帰って休んだほうがいいです」

いくら退院したからとはいっても、すぐに復帰できるというわけでもなくて。
それを僕が邪魔する訳にはいかない。僕のせいで入院したのだから・・・。
すると先輩は急に立ち止まって、動かなくなった。

「・・・先輩?」
「やだ」
「何が嫌なんですか」

先輩の突然の言動と行動に驚いて、その顔を覗き込めばあからさまに不満そうな表情をしていた。

「帰っちゃうんでしょ」
「・・・はい。そのつもりです」

本当は朝まで先輩と一緒にいようって思ってたりもしていた。
だけど、このまま先輩と一緒にいれば絶対に僕は我慢ができない。
それが嫌なんだ。酔っぱらった勢いみたいな流れで、先輩を抱きたくない。
僕も多分、結構酔っていると思う。あれだけ飲んだのだから。
今は理性を保ててはいるけど、そんな事になってしまったら
先輩に優しくしてあげられるかも分からないし・・・。

先輩が何も答えないから、じっと返事を待っていると。
急に両手で頭を固定され唇を押し当てられた。

「・・・!」

深夜だとはいえこんな街中で、さすがに男同士でキスはまずい。
それもカカシ先輩だ。歩いているだけでも目立って仕方無いような人なのに、
変な噂が流れてしまったら上から何を言われるか分からない。


先輩は唇を離してくれようとはしなかった。
だけど、一瞬焦ったとはいえ好きな人に突然キスなんかされたら
頭がぼんやりしてしまうのは仕方の無い事で。
それに何より僕と一緒にいたいと、こうやって訴えてくれているんだから拒むなんて事を出来る訳がない。
嬉しさと驚きで目眩がしそうだ。

僕は先輩の腰をぐっと引き寄せて、唇の角度を変えて舌を潜り込ませた。
驚いた様子で固まった先輩の舌を絡めとれば、ふっと僕の頭を押さえていた手の力が緩んだ。
その手をそっと掴み、唇を離した。

「・・・わかりました。今日は一晩中、一緒にいさせて下さい」

緊張のせいか、声が掠れる。
僕を見つめる先輩の目は熱っぽく潤んでいるのは、酒のせいかキスのせいかわからないけど。
小さく頷いた先輩にもう一度触れるだけのキスをして、その体を抱え上げて。
心臓が壊れそうだと何度も思いながら、先輩の家へと向かった。







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