in the flight

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あめ玉 3








「失礼します」

一言そう断ってから、先輩の腰の上に跨がった。
体重をかけないように気を使っていると、座ってもいいよ。って先輩が言った。

先輩の尻の上に座ると、眠たげな目で振り返って僕を見る。

「尻、柔らかいね」
「・・・女ですから」

僕がそう言うと、先輩はふっと笑ってまた頬を枕に埋めた。
両手で背中を丁寧に擦り上げる。気が立って眠れない時は、
背中をマッサージするとよく眠れる。
だから丁寧に、時間をかけて。

少し手を伸ばせば、髪に触れられる。
普段は隠されている頬にだって、触れる事ができる。

だけど僕は、こうやって先輩の傍でいられるのなら。
先輩が僕に笑いかけてくれるのなら。これ以上は何も求めない。
ただ僕はこうやって、一緒にいられるだけでいい。

背中から、肩、腕を揉みほぐしていく。
それでも一向に、先輩は眠ろうとしなかった。

「・・・眠れませんか」
「俺の事はいいから、お前はもう休め。明日また俺を背負わないといけないんだから」

と、先輩は本体の僕に向かってそう言った。
先輩が眠るまでは、僕も寝る気は無かった。

「でも」
「マッサージ、ありがとね。もう充分だからさ」
「・・・わかりました」

僕は分身を解く。でも結局、何の役に立てなかった自分が
また不甲斐なく思えてしまった。
僕も今夜は眠れそうにない。

天井の木目をぼんやり長め続け、長い時間が過ぎた。
先輩はもう寝たのだろうかと、部屋の隅に目を向けると
辛そうに顔を歪めている先輩が目に飛び込んできた。

僕は慌てて布団から抜け出し、先輩の枕元へ駆け寄る。
見れば顔色は蒼白で、小さく震えていた。

・・・さっきまで、こんなに具合悪そうではなかったのに。

「先輩・・・!」
「あぁ、まだ起きてたの・・・」

と、ふぅ・・・と息をひとつ吐く。

「いや、ちょっと寒いだけ。・・・だいじょーぶ、いつもの事だよ」
「ひとこと言ってくれれば・・・」

僕の毛布でも何でも、かけてあげたのに。

急いで自分の毛布を取ってきて、先輩にかけてあげる。

「悪いね・・・お前だって、寒いでしょ」
「僕は平気です」

いつも先輩は他人を気遣ってばかりで、自分の事は後回しにする。
そういう所はとても尊敬するのだけど、こういう時は自分をもっと大事にしてほしいと、
先輩が大切だからこそ、強く思ってしまう。

「ちょっとだけ、甘えてもいい?」
「何ですか」

僕は先輩の顔を覗き込んだ。

「一緒に寝てほしいんだけど・・・。嫌だったら構わないよ。男だしね」

僕は返事に詰まってしまった。
先輩の表情を見る限り、あたり前だけど、そんな下心は全く無さそうだ。
だからといって、一緒に寝るだなんて事・・・僕にできるのか。

「あぁ・・・気にすんな。毛布も返す。お前だって寒いでしょ」
「・・・。いえ。・・・わかりました。それで先輩が楽になるんだったら、一緒に寝ます」

結局。目の前で蒼白し、寒さで震える先輩を見過ごすような事を、僕には出来なかったという訳だ。

「失礼します」

ひとつ大きく息を吐き、毛布を少しだけめくる。

「・・・あったかい」

僕が隣にぴたりと肩を並べて横になると、先輩はホッとしたような声で言った。
緊張して高鳴っている心臓の音は、こんなに近くにいたらいくらなんでも
先輩に気付かれていると思う。

「はみ出てない?大丈夫?」

「はい・・・!大丈夫です!」

一人用の布団は小さく、本当は体半分はみ出ていた。
だけど体を横にすれば先輩がすぐ隣にいる訳だし、背を向ける訳にもいかなくて
僕はまるで転がっている丸太のような格好で、先輩の隣にいる。

「俺、体が動かせないからねぇ。抱き枕代わりに使っていいよ。
元気だったら、お前好みに変化してやったんだけどね。悪いね」
「抱き枕だなんて、そんなことできる訳ないじゃないですか」

そんな事とてもじゃないが、できそうになかった。
先輩を抱き枕にするだなんて、僕にはとても。

僕の好みってあなたなんですよと、言ってしまいたかった。
ぎりぎりで理性を保っているが、
緊張でどうにかなってしまいそうだった。

ひんやりした冷たい手が、僕の手に触れる。
氷のように冷たく、震える手。

その異常な冷たさに、僕は冷静さを取り戻す。

何も言わずに握られた手を、僕は握り返した。

どうか僕の体温が、先輩を暖めてくれますように。

僕は包み込むように上から覆い被さり、震える先輩を抱きしめた。







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