in the flight




あめ玉 37






それからすぐにテンゾウは退院し、隣の部屋に越してきた。
引っ越し当日は任務が終わってから手伝う事になっていたのだけど、
俺が帰った時にはもう引っ越しは終わっていて後は細々とした荷物整理をするだけだった。

間取りは同じだから俺の部屋と大体同じような家具の配置で、だけど前の家から持ってきた
観葉植物があるせいか自分の部屋より居心地が良い。

「何か手伝う事ない?」

部屋に置かれたソファに身を沈めながら作業に没頭するテンゾウに声をかけると、
テンゾウは手を止めて振り返った。

「いえ、今日はもうこの辺にしておきます。もう良い時間ですしね」
「じゃあ夕飯にする?」
「はい。ごちそうになります」
「引っ越し蕎麦って普通は引っ越しした人が振る舞うもんなんだけどね」

     *

食事の後ソファに並んで座っていた俺は、今日の朝少しだけ早かったせいか眠たくなってしまった。
テンゾウの肩を借りようかと思ったけれど少し横になりたい。
こんな風に家でゆっくりするのは久しぶりだし、テンゾウの体温も感じたいと思った俺は
その膝の上に頭を乗せて横になる事にした。
膝枕なんて数える程しかした事がない。顔も見られて体温も感じる事ができるから割と好きなんだけど、
気恥ずかしいのもあってか体調が悪いときとか眠い時ぐらいしか出来なかったりする。

「めずらしいですね」
「そうかな」

膝枕をしてもらう時、テンゾウはいつも俺の髪や頬を優しく撫でてくれる。
それがとても心地よく安心する事ができるから、ウトウトと本当に寝てしまいそうになるのだ。

「先輩、もう寝ちゃうんですか」
「ん・・・少しだけ」
「寝顔を見るのは好きですが、寝てる間に悪戯してしまうかもしれません」
「良いよ、多分起きないから」

そう言うと髪を撫でていた手が頬に触れ首筋へと撫で下ろされる。
爪先でつつと線を引くように繰り返されると背筋がゾクゾクとして体が震えそうになってしまう。
だけどまだ眠気の方が勝っている俺は上を見上げて口を尖らせる。

「寝てる間にって言ったのに」
「こんなの悪戯のうちに入らないですよ。僕の悪戯っていうのは、こういう事を言うんです」

テンゾウはそう言って手を伸ばしアンダーの裾から手を中に潜り込ませてきた。
その熱い手は俺がどうしたらその気になるのか知っている。
焦らすように這い回る手の感触に我慢出来ず体が震え、熱い溜め息が漏れそうになるのを堪えた。
いくらなんでも、あっさり流されてしまったら格好が悪い。

「テンゾウ。俺は今やっていいなんて一言も言ってない」
「でも先輩この間僕に言いましたよね、好きにしていいって。
 それに、こんな時間に寝たら夜眠れなくなっちゃいますよ。お風呂だって入ってないし」
「そんな事言ったっけ、俺。ていうかお前小言うるさいよ。もしかして毎日こうなの」
「隣に住めば良いって言ったのは先輩です」

俺は文句を言っているつもりなのにテンゾウときたら嬉しそうに頬を緩めている。
小言がうるさいのは俺も人の事言えないけどそれは職業病みたいなもので。
普段から今みたいに開き直ってくれたら良いとは思うけれど、ここまで開き直るのもどうかと思う。

「確かに言ったけど・・・」
「今日は大目に見てください」

甘えるような声で遮られ、俺は反論する事を諦めた。こうなった時のテンゾウは諦めが悪い。
すっかり眠気は無くなってしまったし、それに・・・ずっと我慢していたんだ。
俺だってテンゾウに触れたいし触れられたい。
そう思って腰に手を回し抱きつこうと思ったら腕に硬いものが当たった。
まだ何もしていないのにと目を丸くしてテンゾウを見上げると、罰が悪そうに苦笑いをした。

「我慢の限界ってやつです。・・・ちょっと、すみません」
「えっ、ちょ・・・」

突然体が宙に浮いた。テンゾウに抱き上げられたのだ。
慌てふためく俺を気にも留めずスタスタと歩き、部屋の隅に今日置かれたばかりのベッドに降ろされた。

「自分で歩ける・・・」

恥ずかしさのあまり呟くと部屋の灯りを消しながらテンゾウが答える。

「いいじゃないですか。今更僕に恥ずかしがらなくても」
「そういう問題じゃない」

恥ずかしい事は何年経とうが恥ずかしいし慣れる事だって無いだろう。
テンゾウの事が好きだからこそ恥ずかしいと感じてしまう。

ベッドを軋ませて上から覆い被さってきたテンゾウの背中に両腕を回す。
暗闇の中じっと見つめ合うだけでドキドキしてしまい胸が苦しくなるから、俺は瞼を降ろした。
そっと重ねられた唇の感触に体が震えてしまう。

「先日お預けされた時から・・・いや、怪我をして帰ってきた日からずっと先輩を抱きたかった。
今日も先輩が家に来た時からすぐにでも押し倒したいと思ってたんです」

テンゾウの切なげな熱っぽい声のせいで、あっという間に顔が熱くなった。







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