in the flight





あめ玉 6








 

黙々と歩いていると、里近くの川沿いまで来ていた。
燃えるような色に染まった紅葉が水面にも映り、
暗い森をずっと歩いて来た僕達には鮮やかすぎて目が眩む。

「休憩する?疲れたでしょ。場所もいいしね」
「そうですね。少し休みますか」

 

先輩の提案で、僕達は少し休憩を取る事にした。
僕は先輩を背負ったまま、木遁術で先輩の為に椅子を作ってあげる。

「硬いですけど、ここで休んで下さい」
「ありがと。・・・ねぇテンゾウ、今晩はもうここにしようよ」
「あー・・・そうですね。どっちにしても里に着くのは明日ですし、ゆっくりしていきましょうか」
「じゃあさ、窓付けてね」
「わかりました。少し冷えるかもしれませんが、夜に見るのもきれいでしょうね」

先輩は僕お手製の椅子に満足そうな顔をしながら、もたれかかる。
今晩の家は、昨日より頑丈なものにしようと思っていたけれど
こんなきれいな紅葉は、里でもあまり見れないし
何より先輩が見たいというのだから。

「テンゾウ、何も食わないの?俺の事なら気にしなくていいからね」
「任務で食べれない事には慣れてますから、大丈夫です」

とはいえ、ここ二日ほど水しか飲んでおらず、
何か食べ物があれば嬉しいとは思うんだけどと思いながら
あたりを見渡してみると、胡桃の木がすぐ近くに生えていて
その根元には沢山胡桃の実が落果していた。

「本当に何も食べれませんか」
「うん。でも、水が飲みたい」
「わかりました。新鮮な水を汲んできます」

川の水を手ですくい、ひとくち飲んでみればとても冷たかった。
少し暖められればいいのだけど、安易に火を起こす訳にもいかないしな。
僕が火遁の術を使えればよかったのだけど。

先輩の所に戻る途中で胡桃を拾っていると僕を呼ぶ声がしたから、
何かあったのかと急いで戻れば「顔洗いたいんだけど」だなんて暢気な顔で言った。

「川の水、冷たいですよ」
「うん。だろうね」
「・・・拭きましょうか?」
「本当?お願い」

そう言って、先輩は嬉しそうに笑った。
顔色は相変わらず悪いままだし、満足に手足も動かないのに
自分で顔なんて洗えるはずもない。
だから、拭くって言ったものの・・・すごく緊張する。
顔だけで済んだらいいんだけど。

先輩の隣に座って、手拭に汲んできたばかりの水を含ませて絞る。
やっぱり、すごく冷たい。
それを少しでも温もるようにと、手で包み込んでも
僕の手も冷えきっていてあまり意味が無かった。

先輩に向き直ると、口布はもう降ろされて瞼も閉じられていた。
無防備に向けられた顔に、なかなか触れられずにいると先輩の右の瞼が開いた。

「どうかした?」
「いえっ・・・、あの。冷たいですけど、本当に大丈夫ですか」

と、僕はしどろもどろになってしまい顔が熱くなった。
うわぁ・・・どうしよう。面を付けていれば良かったなと後悔する。

「・・・大丈夫だから」

優しい声でそう言って、また先輩は目を閉じた。
早くしないと本当に変に思われてしまう。と、
僕は気持ちを切り替えて、先輩の顔に手を伸ばした。

まずは長い前髪を掻き分けて、額を拭いてあげる。
やっぱり冷たかったのか、触れた瞬間に少しだけ体が震えた。

「平気ですか?」
「・・・うん。気にしないで」

ゆっくり、優しく拭いているうちにだんだん慣れてきて
僕は先輩との距離を縮めた。
顔を近づければ、思わずキスをしてしまいたくなるような先輩の肌が目に飛び込んでくる。
手拭の隅を使って、瞼を丁寧になぞるように拭くと先輩の表情が緩んだ。

左目に走る傷跡を布越しで触れながら、顔に傷があるのにどうしてこの人は
こんなにきれいなんだろうと僕は思った。

唇にも、触れてみたい。
僕はおそるおそる、布の端を先輩の唇に押し当てる。
すると唇がピクリと震えて、少しだけ瞼が開かれた。
それに気付いて、慌てて僕は手を離した。

「・・・すみませんっ」
「なんで謝るの?」

と、先輩は囁くような小さな声で言った。
恥ずかしくて僕は先輩の顔が見れない。

「顔、赤いけど・・・もしかして緊張してる?」
「え・・・っと、その・・・嫌だったらと、思って・・・」
「嫌なんかじゃないよ。ちょっとびっくりしただけ。
 だって、触れ方がすごい優しいからさ。キスされちゃうのかなって思ったのよ。そんな訳ないよね」

そう言って、先輩は目を細めて笑った。
やっぱり変だって、先輩も気付いてる。そりゃそうだよな・・・。
だけど先輩の顔に触れているんだと思ったら、
どうしたって優しくなってしまう。
僕は何て言ったらいいかわからなくて黙り込んでしまった。

「あれ。・・・図星?」
「いえっ!違います。あの、・・・もうちょっとで拭き終わりますから」

そう言って僕は慌てて先輩の顔に手を伸ばした。
先輩は、はいはいって言って笑って、目を閉じる。

僕は男のものとは思えない先輩の唇に布越しで触れながら、
いつかこの唇に本当にキスしたいなんて思った。
今夜も一緒に寝て欲しいって言われたら僕は多分断れないだろうけど
何もせずにいられるかどうか、とても不安になった。

そんな僕の気持ちも知らず、先輩は気持ち良さそうに微笑んでいた。
僕はいつの間に、こんなに欲張りになってしまったんだろう。
先輩のことが好きすぎて、胸が苦しいだなんて。
ずっと今のままでいいと思っていたのに。









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