in the flight





Every day








1

テンゾウ

 冷たい感触が腰に走る。僕は床に寝そべって、うとうとしながら本を読んでいた所だった。何かと思い振り向くと、湯気の立つマグカップを片手につまらなさそうな顔をした先輩が、その長い足の指先で僕の服を器用に捲り上げていた。
「座って読みなさいよ」
「先輩だって、たまに寝転がって読書してるじゃないですか」
 晒された背中を、先輩の足の指先が這う。その触れ方はまるで僕を誘っているようで、僕は読んでいた本を閉じ、ごろんと仰向けになった。すると先輩の足は僕の乳首を捉え、指先で弄る。甘い刺激が体中に走った。でも、そんな僕を見ても先輩は表情を変えずにマグカップのお茶を啜っている。
 先輩の足が下腹部に動いて、熱を持ち始めたものに触れた。
 足の指先が張り付くようにあてがわれ上下に動かされると、長い間触れられていなかった僕のものは、すぐに硬くなった。なんだかんだ言って、先輩だってしたかったんだ。
「・・・したいんですか?」
「さっき、したくないって言ったじゃない。ちょっと弄ってやっただけだよ」
 えっ?と思う間もなく先輩はそう言って足を離し、すぐ横のソファに腰を降ろした。
 好きな人に触れられて反応するのは当然のことで、ましてや随分と会えなかったのだから、僕がしたいと思ってる事だって分かってるだろうに。
「・・・先輩?」
 訳も分からず唖然とする僕をよそに、先輩は脇のテーブルにマグカップを置いて、そこにあったイチャパラを取り上げて読み始めてしまった。
 僕といえば上半身を捲られ、下半身は中途半端に弄られたせいで勃起したまま。惨めな事この上ない。

 先輩のする事が、たまによく分からない。
 恨めしく思いながら先輩を見れば、イチャパラを読みながらニヤニヤしているし・・・僕の事ほんとうに何だと思ってるんだろう、ペットか何かだと思っているのだろうか。
「先輩」
「んー・・・、何か用?」
 僕が呼んだ所で、返事は上の空だ。
「・・・いいですよ。もう」
 僕は起き上がり、いたずらに捲られた服を戻して自分で処理する事にきめた。どうせ先輩は僕とセックスするつもりなんて、これっぽっちも無いのだから。
 溜め息を残して浴室に向かうと湯が張ってあった。先輩が入った様子は無いから、僕が居眠りしている間にでも先輩が入れたんだろうけど。
「何しに来たんだ・・・あの人」

 長期任務から帰ってきて、とりあえず一眠りしようかとウトウトしていた所に先輩が訪ねてきたんだ。
 帰る日を知らせていなかったのに、わざわざ会いに来てくれた事が嬉しくて抱きしめようとしたら、軽く振り払われて。
「たまたま近く通りかかったら、灯りが付いてたから寄っただけなの。触んないで」だなんて言われて。でも疲れていた僕に反論する元気も無く、本を読みながらふて寝していた所に、これだ。

 シャワーの栓を目一杯に開いて、頭から熱いシャワーを浴びる。そして硬くなった自分のものを扱く。
 長い間禁欲していたせいか、すぐに射精した。ただただ虚しくなる。先輩はすぐ傍にいるのに・・・。先輩は僕の事、もう好きじゃないんだろうか。長期任務に出る前だって触れさせてもくれなかったし。
 湯船につかり、目を閉じる。先輩の事は好きだった筈なのに、最近じゃ自分の気持ちが分からなくなってきた。

 部屋に戻りたくなくて長時間湯船に浸かっていたら、さすがに逆上せてしまった。あまりよく眠っていないせいか体も重く、頭痛だってする。
 こんな事なら会いに来てほしくなかった。もう時間も遅いし、泊まっていくのかな、今日・・・。
 浴室から出ると、小さい寝息が聞こえてきた。ベッドを見れば僕の枕に顔を埋めて、先輩が気持ちよさそうに眠っている。
僕が好きだというのは本当かどうか分からないけれど、でもこうやって会いに来てくれるんだよな・・・。

 数時間前に一度振り払われた手を、先輩の頬に添えた。起きない事を確認して、僕はその頬に軽くキスをして立ち上がる。
 満足に触れられもできないのなら、一人でゆっくり眠りたい。僕は静かに服を着替え、家を出た。

 宿場街を一人で歩いていると、当然のように遊女達に声をかけられる。
 その声を振り切り、川沿いの少し外れた所にある宿に入った。部屋には布団と、小さな机があるだけ。灯りを消すと、窓から月の光が差し込む。満月。僕はカーテンを引いて、光を閉ざした。
 布団の上に置いてあった浴衣に着替えながら深く溜め息を吐く。
 なんだって僕はこんな所にいるのだろうか。本当なら今頃は慣れた自分のベッドで先輩と一緒に過ごすつもりでいたのに。任務中、暇さえあればその事ばかり考えていた。
 だけど先輩の態度がおかしい事も気になっていて。もう僕の所には来ないかも知れないだなんて事も考えた。だから先輩が会いに来てくれた時は本当に嬉しかったのに。

 僕が外出した事に先輩が気付いていない訳がない。でも、次に会ってもあの人はきっと何も言わないと思う。そういう人なんだ、先輩は。





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