in the flight





くまさんのきもち 10








 家に帰り、俺は夕飯の準備を進める事にした。
 手伝うと言ったテンゾウを追い払うと、しょんぼりした顔でソファに座りテディベアを膝の上に乗せている。
 その様子を見てこっそり笑っているとテンゾウの携帯電話の音が鳴った。
「誰だろう」
 そんな事を言いながらテンゾウは部屋を出て行ってしまった。そこで取ればいいのに、聞かれたくない内容なんだろうかと気になってしまったけれど、さすがに盗み聞きする気にはなれない。
 きれいに焼き上がったローストビーフを薄く切りながら悶々としていると、テンゾウが溜め息をつきながら部屋に戻ってきた。
「どうしたの?」
「いえ、知り合いに今から出張マッサージしてくれって言われました。もちろん断りましたけど本当にワガママな人なんですよ・・・・・・」
 迷惑そうに言ったけれど、その表情は怒っているようには見えなくて。むしろ嬉しそうな顔をしているように見える。
「行ってあげたら良かったのに」
 なんとなく嫌な気分になってそう言うと、首を横に振って笑う。
「せっかくお祝いしてもらってるのに、ありえないです」
「でも誕生日の事、俺に教えてくれなかった」
 サイに聞かなければ知らなかったし。するとテンゾウは後ろめたそうな顔をした。
「催促するみたいで言えなかったんです。僕はカカシさんと仲良くなったと思っていますが、まだ知り合ったばかりだしカカシさんが僕と同じように思ってくれているか分からなかったので。だから本当に嬉しくて、こんなに楽しい誕生日は初めてです」
 テンゾウの言葉に思わず赤面してしまう。俺には充分すぎる言葉だ。
「それなら良いんだけど・・・・・・俺に知られたくないのかなって思ってたから」
「カカシさんに知られて困る事なんて無いですよ。そうだ、来月はカカシさんの誕生日ですよね。今度は僕にお祝いさせて下さい」
「何で知ってるの?」
「問診票に書いてもらいましたから、生年月日」
 なるほどと思ったけれど、まさか覚えているとは思ってなかった。
 テンゾウにお祝いしてもらえるのは嬉しいけど、ちょうどその日から個展が始まるんだよな。もしかしたら当日は家に帰ってこれないかもしれない。
 テンゾウにその事を言ったら残念そうな顔をしながらも微笑む。
「その日は僕も接骨院がありますし行けそうにないですね。・・・・・・じゃあ帰ってくるまで我慢する事にします」
「ありがとう。楽しみにしておくよ」

 それから完成した料理を食べてから部屋の電気を消し、誕生日ケーキのロウソクに火を付けた。ゆらゆらと揺れる火を眺めていると視線を感じ、ふと顔を上げるとテンゾウと目が合った。いつもとは違う切なげな表情にドキッとしてしまう。
 なんでそんな目で俺の事を見ているんだろう。
 視線を逸らしたいと思うのに、どうしても逸らす事ができなかった。この雰囲気に流されて気持ちを言ってしまいたくなってしまうから、これ以上見ていたくないのに。
「カカシさん」
 いつになく落ち着いた声で名前を呼ばれ、胸が苦しくなる。何を言われるんだろうとドキドキしていた時、急に俺の電話が鳴り始めた。
 咄嗟に出ようとするとテンゾウに手を掴まれて阻まれてしまう。さっき食事の時に結構飲んでいたし酔っているのかもしれない。
「電話鳴ってる」
「後じゃ駄目ですか?」
 さっきまでは普通だったのに、突然どうしたのだろう。
「先にこれ消した方がよくない?せっかくのケーキに蝋が落ちちゃう」
 必死に俺が何とかこの雰囲気をごまかそうと喋っても、テンゾウはちっとも聞いてくれなかった。そうこうしている内に電話が鳴り止んでしまった。誰からだったのかな、きっと仕事の電話だとは思うんだけど。
「じゃあ消します」
 テンゾウは俺の手を掴んだままそう言って、ふっと一息でろうそくの火を消した。一瞬で部屋の中が真っ暗になる。
「誕生日おめでとう、テンゾウ」
 顔が赤くなっているのは見えないだろうけど、掴まれたままの手から脈が速くなっている事は気付かれているだろう。
「僕、誕生日に欲しいものがあるんです。プレゼントも貰って美味しい食事とケーキもご馳走になったけど、僕は・・・・・・」
 その言葉の続きをドキドキしながら待っていたのだけど、テンゾウは中々言おうとしない。今の状況って、普通に考えたら口説かれているのかもしれない。だけど相手はテンゾウだから絶対にそうだと確信が持てなかった。
 と、その時。家のインターフォンの音が鳴り響いた。こんな夜に一体誰だろう。テンゾウの言葉の続きを聞きたいような聞きたくないような気持ちになっていたけれど、さすがにテンゾウも手を離してくれた。
「ごめん、ちょっと出てくる」
 俺は少し逃げるように部屋を出て玄関に向かった。さっき電話をかけてきた主かもしれないけれど、誰から電話だったのか分からず仕舞いだから一体誰が訪ねてきたのか見当も付かない。
 ドアをゆっくりと開けてみると、そこに立っていたのはアスマだった。
「なんだアスマか」
「なんだって何だ。さっき電話したのに」
「今ちょっと来客中なんだよね・・・・・・」
 わざわざ遠くから来てくれたのだから追い返すのは悪いし、でもテンゾウだって今日は誕生日で、これからケーキを食べる所だった。しかもちょっと良い雰囲気だったかもしれないのにアスマが来たから台無しだ。
「打ち合わせしようと思って来たんだけどな。昨日からメールとファックス送ってたんだけど見てなかったのか」
「見てないね。来るのなら前もって電話ぐらいしてちょうだいよ、俺いなかったらどうするつもりだったのよ」
「夜ならいるだろうと思ったんだよ」
 そんなやりとりをしていると後ろで居間の扉が開く音がしたから振り返ると、テンゾウが顔を覗かせていた。
「僕、帰りましょうか」
「帰らなくていいよ。突然来たのはこいつの方だし」
「なんだ男か。それなら邪魔させてもらってもいいな」
 アスマはそう言って豪快に笑って、勝手に部屋の中に入って行った。
「ちょ、勝手に入るな」
 慌てて止めようとしたけれど、テンゾウも勝手にアスマを招き入れている。消えていた部屋の灯りはテンゾウが点けてくれていたけれど、ろうそくが立ったままのバースデイケーキはそのままだった。何言われるか分かったもんじゃない。
「もしかして俺、邪魔しちまったか?」
 部屋に入ったアスマはそれを見たらしく、振り返って小声で俺に言ってくる。ニヤニヤしているアスマを睨んで溜め息を吐いた。
「打ち合わせなんか電話でも出来るのに」
「まぁそう言うなって。連絡が無いから前みたいに倒れてるんじゃないのかって心配して来たんだぞ?」
「ハイハイ、分かったから。紹介するよ。近所で接骨院やってるテンゾウ。で、こっちはアスマね」
「はじめまして、よろしくお願いします」
「ちなみに今日テンゾウの誕生日だったの」
「じゃあこのケーキお前が用意したのか?」
 アスマが少し驚いたような顔をして俺に聞いてくる。
「一緒に買いにいったの」
「お前がそんな事するなんて珍しいな」
「良かったら一緒に食べませんか?カカシさんは食べないそうなので」
 テンゾウは言いながらケーキを台所に運んでいる。
「俺がやるから座ってていいよ」
 自分のバースデイケーキを自分で切り分けるなんて、そんな事やらせる訳にはいかない。そう思って台所に行くと、じゃあ飲み物用意しますね。とニッコリ笑って戸棚からグラスを取り出した。もうすっかり、いつもと変わらないテンゾウだ。
「お酒で良いですか?」
「ああ、悪いな」
 躊躇いもせずにアスマは頷いたけれど、酒を飲むって事は帰らないつもりだよねぇ・・・・・・。
「何、泊まっていくの」
「そんな嫌そうな顔すんなって。打ち合わせはそうだな、明日の朝にするか」
 それなら最初から明日来てくれたなら良かったのに。心配して来てくれたのは有り難いんだけどね。
「分かったよ。はい、これお前の分」
 カットしてきたケーキを乗せた皿をアスマに渡して、もうひとつをテンゾウに渡す。なんとなく半分づつさせるのが癪だったからアスマの分は小さくカットした。
「おお、サンキューな」
「カカシさんの分は?」
「俺は一口だけでいいからテンゾウのを少し貰うよ」
 するとテンゾウは皿に乗ったケーキを眺めて苦笑いをする。
「ちょっと僕の量多くないですか」
「全部食べられるって言ってたじゃない」
「えー」
「嫌なら食べなくても良いけど」
 そう言って皿を下げようとしたら、テンゾウは慌てて皿を掴んだ。
「食べます、全部!」
 その様子を見ていたアスマは呆れたような顔で言う。
「お前ら・・・・・・いつもこうなのか?知り合ったばかりには見えないぞ」
 アスマは今までの俺の事を知ってるからそう思うんだろう。俺だって、どうしてこんな風になったのか分からないし。
「それは嬉しいですね。僕もカカシさんとは最近知り合ったようには思えないんです」

 ケーキを食べる二人を眺めていると、テンゾウがフォークにケーキを取って俺に差し出してくる。何も言わなければ食べなくても済むかなと思っていたのになぁ。
「約束通り、ちゃんと食べて下さい」
 そう言われて仕方無く目の前に差し出されたケーキを、パクリと食べた。
「思ったより甘くない」
 もっと甘ったるいと思っていたから、あっさりと食べやすい味に驚いてしまった。
「もう少し食べますか?」
「いや、いらない」
 いくら食べやすいとはいえ甘い物には変わりないから苦手だと首を振った。さすがにテンゾウも、こんなに沢山食べるのはきついんだろう。テンゾウは明日仕事だし、具合悪くなられても困る。
「食べれない分は残したらいいよ」
「そうします。持って帰ってもいいですか?明日なら食べれる気がするので」
 俺の言葉にホッと安心した顔をして、にこりと微笑んだ。
「付き合ってるみたいだな」
 アスマが酒を煽りながらぼそっと呟いた言葉に、俺もテンゾウも固まってしまった。
「な、何言ってんのよ。そんな訳ないでしょ」
 慌てて否定したけれど、アスマは信じてくれそうに無かった。ほんと余計な事ばっかり言ってくれる。ちらりと横目でテンゾウを見ると、顔を赤くして視線を泳がせている。どちらにしても、こんな流れで気持ちを知られたくない。
「テンゾウ、先に風呂入ってきてくれる?」
「えっ、あ・・・はい。そうします」
 その間にアスマをなんとかしなければと、とりあえずテンゾウを追い出して溜め息を吐いた。
「いきなり来て何なのよ」
「なんだ本当に違うのか。そりゃあ悪かったな」
 そう言って笑うアスマを見て、思わずもう一度溜め息を吐いてしまった。ったく、他人事だと思って。
「違うに決まってるでしょ」
「でも惚れてるんだろ?」
 ぐっと身を寄せられ顔を覗き込まれると言葉が出て来なくて視線を泳がした。
「どうだろうね」
「そのクマもプレゼントなんだろ?今までの恋人に作ってやった事なんか一度もないのにな」
 更に追い詰められて、俺は認めざるを得なかった。
「あいつは俺の事そういう風に思ってないから、絶対に言わないでよ」
「そうか?俺から見ると両思いにしか見えないが」
「テンゾウってちょっと天然だから。それに好きな人がいるかもしれない」
 さっきは良い雰囲気だったけれど今朝の寝言の相手が俺だという確率は低いと思う。そもそもこんな短期間で、男の俺なんかを好きになる訳なんかない。
「相手が男だと難しいな。分かった、黙って協力してやるよ」







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