in the flight





くまさんのきもち 11








 テンゾウが風呂から出てくると、すぐに続いてアスマが入って行った。タオルで濡れた髪を乾かしているテンゾウに水を渡して謝る。
「ごめんね、バタバタしちゃって」
「平気です。それにカカシさんのお友達にも会ってみたかったですし、楽しかったですよ」
 笑いながら言うテンゾウは特に気を悪くしている様子もないから、少しだけ安心した。
「明日仕事だよね。アスマに変な事言われてつい風呂に入れって言っちゃったけど、今から帰る?」
 するとテンゾウは少し考え込む。
「んー・・・・・・明日の朝一の予約が遅い時間なので、カカシさんが良ければ泊まっていきます。しばらく会えなくなるかも知れないですし」
「近所だから絶対会えない訳じゃないよ」
「実は僕の接骨院も忙しくなるかも知れないんです。今のペースでも一杯一杯なのに、知り合いが媒体で勝手に僕の接骨院の事を紹介したんですよ。かといって全部断る訳にも行かないですし、時間を延長しようかとも考えていて」
 それってもしかしたら俺より忙しくなるんじゃないの。だとしたらマッサージしてもらいたくても、してもらう時間が無くなってしまう。
「延長するのもいいけど自分の体を一番大事にしないと。無理しないで」
「ありがとうございます。カカシさんも辛くなったら遠慮しないで連絡下さいね、時間作りますから」
 さすがにそれは頼めないなと思ったけれど、そう言うとまた反論されそうだから黙って頷く事にした。
「先に二階に行っててくれる?アスマ出たら俺も風呂入ってすぐに行くから」
「アスマさんはどこで?」
「下のベッドで寝てもらう。俺のベッドで寝かせるの嫌だけどって、まさか三人並んで寝たいとか言わないよね?」
 前に俺と一緒に寝たいと言った時の理由を思いだしてそう聞くと、テンゾウは苦笑いをしながら首を横に振った。
「さすがにあのベッドで三人はきついです」
「そりゃ良かった」
 それを聞いて安心した。いくらなんでもアスマと一緒になんて暑苦しくて寝れたもんじゃない。
「じゃあ待ってますね」
「ん。とりあえずおやすみ」
 テンゾウの事だから、うっかり先に寝てしまうかもしれないから。
 本当は起きて待っていて欲しいんだけどさすがにそんな事は言えなくて、テディベアを持って部屋を出て行くテンゾウの背中を眺めながら思った。

 アスマを一階の俺の部屋に案内してから風呂に入り、すぐに二階の部屋へと向かった。
 もう寝てるかもしれないから音を立てないように扉を開くと、部屋の椅子に座って熱心に本を読んでいた。
「なんだ、起きてたの」
「はい。でももうベッドに入りますか」
 テンゾウはそう言って本を閉じ、立ち上がる。
「今日は疲れた、普段しないような事いっぱいしたからかな」
「本当に楽しかったです。ありがとうございました。またどこか行きましょうね」
 そう言いながらお互いベッドに横になった。テンゾウの隣には、ちゃんとテディベアが置かれている。
「目覚まし、ちゃんとセットした?」
「はい。でも少し早いんで起こしちゃったらすみません」
「構わないよ。・・・・・・じゃ、おやすみ。横になったら眠くなってきちゃった」
「おやすみなさい、カカシさん」
 もう少しテンゾウと話がしたかったのに。話の続きが聞きたかった。でも意識はすっかり薄れていき、あっという間に眠りについてしまった。

 朝、目覚まし時計の音と寝苦しさとで目が覚めた。
 ずっと鳴り響いてる目覚ましを手を伸ばして止めようとした時、ぐっと何かが強くしがみついてきて俺は驚き固まってしまう。
「ちょ、テンゾウ・・・・・・!」
 しがみついてきたのはテンゾウで俺はまた抱き枕代わりにされていたのだ。
 テディベアはどこに行ったのかと思ったら、かわいそうな事に俺とテンゾウの間に挟まってしまっている。
「ん・・・・・・」
 なんとか目覚まし時計は止めたけれどテンゾウは離れる所か、更に強くしがみついている。寝ぼけるのも良い加減にと、すぐ傍にある頬を叩いて必死に起こす。
「テンゾウ、起きなくていいの?」
 すると寝ぼけていると思っていたテンゾウはうっすらと瞼を開き、その顔を肩に押し付けてくる。
「すみません。少しだけこのままでいさせて下さい」
「起きてるの?寝ぼけてる?」
 テンゾウの行動の意図が分からないままアタフタしている俺を気にもせず、テンゾウは黙って俺を抱きしめている。
 もしかしたらまた俺の事を身代わりにしているのかもしれない・・・・・・。
「ねぇ・・・・・・テンゾウって好きな人でもいるの?」
 知りたくない、けれど聞かずには居られなかった。
「カカシさんに言ってませんでしたっけ」
 俺とは正反対に落ち着いた声でテンゾウは答える。
「好きな人なら居ます。でも、どうしてそう思ったんですか?」
「昨日、寝言でそんな事言ってたから。だからその人の代わりに俺にこんな事してるのかなって」
「代わり、ですか。そんなんじゃないです」
 そう言ってから、ようやくテンゾウは俺を離してくれた。
「変な事してすみません。帰りますね、見送りしなくても大丈夫です。昨日は本当にありがとうございました、仕事無理しないで下さいね」
 テンゾウは一方的にそう言って、テディベアを抱えたままベッドから出て行く。 「ん・・・。いってらっしゃい」
 ぽつりと言った言葉はテンゾウに聞こえただろうか、早々に部屋を出て行ってしまった。
 残された俺はもう一度ベッドに横になり、大きく息を吐く。訳も分からず抱きしめられて本人はすぐに帰っちゃって呆然とするしかなかった。心臓はドキドキしたままで眠れる筈もなくまたすぐに起き上がった。
 こんな気持ちのまま、しばらく会えないのかと思うと憂鬱だ。だけど仕事の事を考えたら、そうも言ってられない。制作を始めたらきその間だけでも忘れられるだろう。

 それから数週間。毎日、延々と制作作業に励んでいた。
 途中、何度か肩凝りが酷くてテンゾウの接骨院に電話もしてみたのだけど、名前を聞かれる前に予約は一ヶ月待ちですなんて言われて諦めるしかなかった。
 少し前、食料の買い出しの帰りにサイに会って少し話したのだけど、テンゾウの言っていた通り予約が殺到してて大変だという事を聞かされたから、自分も行きたいだなんて言い出せなかった。
 サイ曰くテンゾウはずっと元気が無いらしい。もちろん診療中は元気に振る舞ってはいるけれど、クマのぬいぐるみに何やら話しかけては溜め息を吐いたりしているんだそうだ。ある時なんてクマの気持ちが分からないんだ、なんて言われたらしい。相当疲れているんだろう、心配になってくる。
 俺と会ったらきっと気を使うだろうし、せめて俺の仕事が落ち着くまでは我慢しよう。それまでは他の接骨院にでもお世話になろうと、商店街の中にある接骨院に行ったのだけどやっぱりテンゾウの腕には敵わなかった。やっぱり最初から他の接骨院なんて行くべきじゃなかったんだ。
 その接骨院の待合室で、テンゾウの接骨院の噂話を耳にする事になってしまったからだ。
 なんでもヤマト接骨院の事を紹介した人とテンゾウが恋人同士だという事。その人は著名人で忙しいから店には来れず、最近は接骨院の休みの日にホテルや相手の自宅まで出張しているとの事。

 そんな事、聞きたくもなかったし知りたくもなかった。噂話とはいえ出張マッサージをしているのは本当らしく、どうりで休みの日も音沙汰が無い筈だと溜め息を吐いた。相手がどんな人なのかは噂話をしていた人達が読んでいた雑誌を見れば分かるのだろうけど、さすがに見る気には到底なれない。
 でも休日を全部その人の為に当てている訳では無いだろうし、俺に連絡する位の時間はあるだろう。
 あのテディベアは今でも大事にしてくれているみたいだけれど、自分で作ったものなのにモヤモヤしてしまう。きっとあのテディベアはテンゾウが何を考えてるのか全部知ってるのかと思うと、羨ましいなんて考えてしまう。
 そんな事を考えながら縫っていたせいか集中力が途切れ、何度も針で指を突いてしまう。締め切りには充分まだ余裕があるしと、作業の手を止めて休憩する事にした。
 外はまだ昼過ぎで、暑い日差しが庭に降り注いでいる。そういえば庭の手入れを全くしていなかったと気付き、暑そうだけれど庭に出る事にした。もう充分に育っているミントを摘んで、後でハーブティを作るのも良い。
 茄子やトマトなどの野菜は思った以上に実を付けていて、全部収穫すると一人では食べきれない程の量にもなった。
 思えばここで庭仕事をやめて部屋に入るべきだった。
 徹夜続きでずっと作業していた俺は、突然目眩がしてその場に倒れてしまったのだ。
 意識はあるけれど体が痺れて立ち上がる事もできない。熱中症だ。帽子も被っていないし、せめて水分補給しながら作業してれば倒れる事も無かっただろうに。
 俺は無意識にズボンのポケットに入れていた携帯電話を取りだしてテンゾウに電話をかけていた。昼過ぎは通常だと昼休みの筈なのにテンゾウは電話には出ない。
きっと今も忙しいんだろうと、すぐに諦めて携帯を閉じた。
 とにかく早く部屋に入らないと本当に危ない。誰も訪ねて来る事は無いんだからと、なんとか這うように縁側から部屋に入る事が出来た。
 テーブルの上には飲みかけのミネラルウォーターが置いてあったから、震える手でそれを飲んで目を閉じる。クーラーも効いてるし、もう大丈夫だろうと気が緩んだ瞬間、ふっと意識が飛んだ。こんな時にテンゾウがいてくれたら良かったのに・・・・・・なんて思いながら。







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