in the flight





くまさんのきもち 7








 朝、なんだか寝苦しくて目を覚ました。
 部屋の気温もかなり上がっているんだけど、そうじゃなくて何か熱いものが体に纏わり付いている。まだもう少し寝ていたいんだけど・・・・・・なんて思いながら目を開くと、その纏わり付いていたのはテンゾウだった。
 寝ぼけているのか抱き枕代わりにされているのか解らないけれど、両手で抱きかかえられて足まで絡みついている。そんな状況で目が醒めない筈がない。好きになりかけていると自覚している相手に、こんな風に抱きしめられたりしたら理性が飛んでしまいそうになる。
 顔に擦り寄せられるように近付けられている頬に、うっかりキスをしてしまいそうになって慌てて離れた。どうしようかとドキドキしながら考えていると、ゆっくりテンゾウの瞼が開かれる。
 至近距離で目が合った瞬間、テンゾウは慌てた様子で俺を離し飛び起きる。
「ご、ごめんなさい・・・・・・!」
 大きい体でどうしようかとオロオロしている様子が面白くてかわいい。
「抱き枕が無いと寝れない人?」
「そういう事は無いはずなんですけど・・・・・・それでなくても熱いのに、本当にすみません」
 顔を真っ赤にしたままで謝るテンゾウの頭をポンポンと叩いてベッドから出る事にした。
「気にしてないってば。汗かいたしシャワー浴びてこようかな・・・・・・テンゾウも使う?」
「あ、はい。使わせてもらいます」

 先にさっとシャワーを浴びて、テンゾウが入ってる間に朝食の準備をした。
 魚を焼きながら出汁巻きを焼いて味噌汁も作ったけど、来るって分かっていたらもう少しマシなものを用意したのにな。
 普段あまり使わないダイニングテーブルに並べていると、シャワーを浴びてきたテンゾウが戻ってきた。
「着替えありがとうございました」
「身長同じ位だからサイズはいけるよね」
「はい、大丈夫です。それより朝ご飯作ってくれたんですね、すごくおいしそう」
 テンゾウは目をキラキラさせながらテーブルの上に並んだ料理を見て、嬉しそうに微笑む。
「もう少し待ってね、大したものじゃなくて悪いんだけど」
 そう言いながら氷水に付けていた焼き茄子の皮を手早く剥いて、皿に盛りつける。
「いえ、普通の朝ご飯らしい朝ご飯なんて長い間食べていませんし、それに誰かと朝食を食べるなんて事も思い出せない位に久しぶりなので嬉しいです」
「言われてみれば俺も誰かと朝食食べるの久しぶりだ」
 皿に盛りつけた焼き茄子に生姜をすり下ろして鰹節を乗せ、テーブルに並べた。
「お待たせ。食べようか」
 そう言って、向かい合わせでダイニングテーブルの席に付く。
 いただきますと二人で手を合わせて食べ始めたのだけど、いつもと変わらない朝ご飯なのに今日は美味しく感じる。やっぱり一人で食べるより誰かと食べたほうが美味しいっていうのは本当なんだな。
「こんな風にちゃんとした朝ご飯を毎日食べられたら幸せだなぁって思います」
「またいつでも食べにおいで、近所なんだし。体力勝負な所もあるような仕事なんだから、ちゃんと食べないと駄目だよ」
「そんなに甘えちゃって良いんですか?」
「今更遠慮する事もないでしょ。俺も一人で食べるよりテンゾウと食べたほうが美味しく感じるしね」

 朝食を食べ終えた後、何をするでもなくずっと家の中で過ごしていた。
 庭に出て植えたハーブの説明なんかをしていると、あっとテンゾウが思い出したように声をあげる。
「どうかした?」
「実はハーブエキスを使ったオイルマッサージも出来るんですよ。ただ僕は男だから女性にはできないし、逆に男性の患者さんにも気持ち悪がられそうでやってないんです。でも普通のマッサージに比べてハーブの効果も追加されるし、すごくリラックスできるんですよ」
 オイルマッサージはやった事が無いけれど、確かに凄く気持ちよさそうな気がする。
 でも直接肌に触れるんだろうし、何か違った方向のマッサージを想像してしまった。
「テンゾウなら平気かな・・・・・・」
「え?」
「いや、さすがに知らない人にオイルマッサージなんてして貰いたくないけどテンゾウにならして貰いたいかな」
 あぁでもドキドキしてしまって大変な事になるかもしれない。だけど絶対気持ち良いんだろうなぁ。
 言った後にうーんと考え込んでいたら、テンゾウは立ち上がってソファに座っている俺の背後に回った。
「少し触らせて下さいね」
「え、せっかくの休みなのに良いよ」
「これは仕事でやってるんじゃないので良いんです」
 テンゾウはそう言って、俺の肩に手を置いた。
 相変わらず温かい手の平が触れるだけでもとても気持ち良い。
「猫背を治されたらもっと楽になると思うんですけどね。せっかくスタイルがいいのに勿体無い」
「なるべく気を付けるよ」
 とは言ったものの気を付けても意識していないと、すぐに姿勢悪くなってしまうんだよなぁ。
「テンゾウはさぁ、誰かにマッサージしてもらったりしないの?」
「そうですねぇ、祖父が健在だった頃はたまにやってもらったりしてましたけど、最近は無いですね」
 それなら俺がしてやろうとテンゾウの手を掴み、立ち上がってその背後に回った。断るだろうと思ったから有無を言わせないようにそうしたのだけど、テンゾウは素直にソファに座った。
「上手くはないけど、ちょっとはマシだよね」
 そう言いながら肩に手を置いて指に力を入れてみると、硬くて指が中々入らない。
「凝ってます?」
「うん、すっごく硬いよ。自分でしたりしないの」
「自分の事は割と無頓着なんですよね。気持ち良いです」
「じゃあこれからは、俺がしてやる」
「カカシさんにしてもらってばかりですね、僕」
 そう言った声色が少し残念そうだったから、思い切り揉んでいる指に力を込めた。
「痛っ」
「その代わり俺も色々してもらうよ、庭仕事とか荷物運びとか」
「お安いご用です」
 得意気にテンゾウは答えて、俺の手を掴んで振り返る。
「もう少しするよ?」
「いえ、もう充分です。ありがとうございました」
 ニッコリ微笑んで言うけど気持ち良くなかったのかな。確かにテンゾウと比べたら俺なんか素人だけども。
 そんな事よりも掴まれた手が離されないままで、思わずその手をじっと見つめてしまう。それに気付いてようやく離してくれたけど、また俺はドキドキしてしまった。こう何度も頻繁にドキドキしたりしてると、いつかテンゾウに気付かれてしまうんじゃないかって心配になる。俺、テンゾウの事好きになっちゃったのかなぁ。


 それから何度かテンゾウの接骨院に行ったり、テンゾウが家に遊びに来たりを繰り返していた。
 接骨院の通常の時間は予約で一杯だから、テンゾウの空いている時間に診てもらってマッサージしてもらっていたのだけど、たまたま通常の時間が空いていたからその時間に行く事になった。
 話には聞いていたけど受付にバイトのサイっていう男の子がいたんだけど、診察カードを渡すと俺の顔を見てニッコリと笑顔を見せた。
「あなたがカカシさんですね。はじめまして、院長から話はよく伺っています」
「俺の話?」
 一体俺の何を話す事があるんだろうと首を傾げたけれど、座って待つように促されたからそのまま待合室の椅子に腰を降ろした。
 少し早目に来てしまったから時間までまだ少しある。こんな事なら本か何か持ってきたら良かったけど、待合室にも本が並んでいたから何か読んでみようと物色する事にした。
 上の段には雑誌や写真集など時間つぶしに気軽に読めそうなものが並んでいたのだけど、下の段には心理学系の本が沢山並んであった。
 人とのコミュニケーションの取り方、とか相手の気持ちが分かるようになる本など、テンゾウが読みそうにない本ばかり。
 なんとなくその中の一冊を取って、こんな本読んだからってテンゾウの気持ちが俺に分かる訳がないと溜め息を吐いた。テンゾウと会う度に俺はテンゾウの事が好きになって、もう戻れない位に気持ちが膨らんでしまっているのだ。
 テンゾウは俺の事をそういう目で見ていないのは分かっているから、俺はただ一緒にいられるならそれでいいと、何度も自分に言い聞かせるだけ。
 手に取った本をパラパラと読んでいると、受付にいるサイに声をかけられた。
「その本・・・・・・僕のなんですけど、院長もこの間から何度も読んでいますよ」
「テンゾウが?」
 どうしてテンゾウがこんな本を読む必要があるんだろうと思ったけれど、患者さんの気持ちをもっと分かりたいとか、テンゾウなら思うかもしれない。そう考えるとしっくりきたから、俺とは読む目的が違うよなと、大きく息を吐いた。
「そういえば院長の誕生日のプレゼント、何かされますか?何がいいか悩んでまして」
「もうすぐ誕生日なの?」
「聞いていませんか。今月の十日です」
 十日ってもうすぐじゃない。割と頻繁に会っているのに、どうして教えてくれなかったんだろうか。テンゾウの事だから俺に気を遣わせたくないって思ったんだろう。
 でも誕生日ぐらい教えてくれたっていいのに・・・・・・。
「俺に教えた事、内緒にしといてくれる?」
「内緒に?・・・・・・サプライズですね、分かりました。内緒にしておきます」
 何を考えているのか読めない表情でサイは言って、またニコリと微笑む。
 サプライズって言われると気恥ずかしい、でも俺に言うつもりが無いのなら当日プレゼントを渡して驚かせてみたい。







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