in the flight





くまさんのきもち 8








 その後、診療室に入ってテンゾウにマッサージをしてもらったのだけど、頭の中はプレゼントを何にしようかで一杯だった。
 誕生日まであと三日しかない。何か買いにいってもいいけど、何が欲しいのかさっぱり分からないのだ。かといって欲しい物あるかなんて聞いたら、さすがにテンゾウにバレてしまうだろう。
「今日は居眠りしないんですね。あまり気持ち良くないですか?」
 うつ伏せになりながらグルグル考えていると、突然テンゾウが顔を覗き込んでそう言ったから驚いてベッドから落ちそうになってしまった。
 不意を突かれ覗き込まれたから心臓がばくばくして収まらない。
「お、驚かさないでよ」
「ごめんなさい。何か考え事ですか?」
 テンゾウはそう言って、クスッと笑った。
 こんなに驚いたのは起きたらテンゾウに抱き枕代わりにされていた時以来だ。
「あ」
「どうかしましたか?」
「いや、なんでもない」
 抱き枕と思いだして、ぬいぐるみを作ろうと思った。抱き枕ほどの大きさは無理だけど、普段作るぬいぐるみより大きめのもの。テディベアとかなら意外と似合うかもしれない。三日もあればきっと間に合うだろう。今日帰って早速作り始めよう。

 それよりも。誕生日当日って、テンゾウの予定は空いているんだろうか。俺に言わないって事は何か予定が入ってるのかもしれない・・・・・・。
 もし空いてるのなら、ご馳走もケーキも用意して祝ってやりたいんだけどな。
 とはいえ今から三日後の予定を聞くのもバレてしまいそうだから聞けない。いつも前の日や当日になってから会えるか連絡したりしているから。
マッサージが終わって帰り際、テンゾウが声を掛けてくる。
「カカシさん。今日の夜お邪魔しても良いですか?」
「今日ねぇ・・・・・・」
 頭の中で、作ろうと思い描いているぬいぐるみの制作過程を整理する。デザイン画を描いて型紙作ってと考えてみると、やはり時間は無い。
「仕事が入っちゃってね。急いで仕上げないといけないから、今日はごめん」
「それなら仕方ないですね。また連絡します」
「うん、俺も連絡する」

 そうして家に帰って、早速テディベア制作を始める事にした。テンゾウが持っている所を想像しながらイラストを何枚も描いていく。
 時間が無いのは分かっていたけれど、テンゾウを思い浮かべながら描く事が楽しくて、気が付けばすっかり夜になってしまっていた。
 今度は出来上がった一枚のイラストを見ながら型紙を起こして、何度も何度も時間をかけて線を引いて。そういえば猫のぬいぐるみを作った時も楽しくて仕方がなかった事を思いだした。
 あのぬいぐるみはまだ俺の家に置いたままだ。このまま自分で持っていようかと思うほど、すっかり見慣れてしまっている。渡す約束をしているけど、テンゾウも俺に持っていて欲しいって言ってたしね。
 型紙が出来上がった所で一旦作業を止める事にした。明日には布を選んで縫い始めないと。
 お茶を飲んで一息付きながら、仕事のメールやファックスのチェックをする。
 来月の自分の誕生日に合わせて、小さな個展をする事になったのだ。そこに展示するようのぬいぐるみは少しづつ制作しているけども、そろそろ本格的に作り始めないといけない。そうなればテンゾウと会える時間も、しばらくは減ってしまうだろうと打ち合わせの日時が書かれたメールを見ながら溜め息を吐いた。忙しいのは有り難い事なんだけどねぇ。

 テンゾウの誕生日の前日。なんとかテディベアは完成したから、夜になってテンゾウに電話してみる事にした。
 すると電話の向こうで賑やかな声がしている。もしかして出かけているんだろうか。
「外にいるの?」
「はい、今日はめずらしく夕飯に誘われちゃって」
「そうだったの。帰るの遅くなる?」
「早く帰ろうと思っていたんですけど、みんな酒を飲んでてまだ帰れそうにないんです・・・・・・」
 誕生日パーティでも開いてもらっているのかな、俺には教えてくれなかったのに。そう思うと少し寂しくなって、電話を切ろうと思ったんだけど。
「やっぱり今から帰ります。こっそり抜け出したらバレないと思いますし」
「え?良いって、俺はいつでも」
 そうだ。せっかくお祝いしてもらってるんだし、俺はいつでも会えるから良い。誕生日だって明日なんだから、明日渡せば済む事だ。
「カカシさんから連絡してくるなんてめずらしいですから。なるべく早く行きますね」
「待って、テンゾウ」
 電話は一方的に切られてしまって、大きく溜め息を吐いた。
 これでもしテンゾウが来てくれたとしても、なんとなくプレゼントは渡しにくいな・・・・・・。
 ソファに置いてあるテディベアを部屋のクローゼットの中に隠して、テンゾウが来るのを待つ事にした。
 だけど、待てど待てどテンゾウが来る気配が全く無かった。
 電話を切ってから二時間以上は経っている。何か急用ができたとか、来れなくなったとかなら連絡はしてくるはず。すっかり日は変わり、待ちくたびれてソファでウトウトし始めた時インターフォンの音が鳴った。
 急いで玄関まで行くと、申し訳なさそうな顔をしたテンゾウがそこに立っていた。
「遅くなってしまってすみません・・・・・・」
「いいよ。とりあえず中入って」
 すっかり疲れ切っている様子のテンゾウに、冷たいお茶を淹れてあげて隣に座った。
「無理して来なくてよかったのに」
「そうですよね。こんな時間までカカシさんを待たせてしまって」
「俺の事ならいいってば。何かあったの?」
「街まで出ていたので、帰るのに時間かかっちゃったんです。こんなにかかるなんて思ってなくて」
「そうだったの。・・・・・・特に用事があった訳じゃないんだし、なんか悪い事したね」
 すると顔を上げて首を横に振る。
「そんな事ないです。電話、嬉しかったので」
 そう言って微笑むのだけど、もう夜も遅いせいかテンゾウの目はとろっと眠たそうだ。
 仕事終わりに街に出たんだから疲れもあるのだろう。
「来てくれてありがとね。でも今日は遅いから、もう寝るか。明日休みなんでしょ?
」 「せっかくなんで、もう少し起きてます。あ・・・・・・でもカカシさんだって眠いですよね」
「うん。明日ゆっくりできるなら、今日はもう寝よ?」
「じゃ、今日は久しぶりに一緒に寝ませんか。この間みたいに抱きついたりしないようにしますから」
 また同じベッドか・・・・・・。あの時はまだそこまで自覚していなかったけど、今ははっきりテンゾウの事が好きだと分かっているから一緒のベッドは少し辛い。でも俺も今日は眠いし緊張する間もなく寝てしまえる気がする。
「抱きついたりするのは寝てる時に無意識にでしょ。ま、でも一緒に寝るか。久しぶりに」
「はい。あ、でもその前にシャワー借りても良いですか?来る前に家で入ってこようと思ってたんですけど、思っていたより遅くなったんで急いで風呂も入らずに来たんです」
「ゆっくり入っておいで。俺、先に二階に行ってるね」
「はい。先に寝てて構いませんから。また明日ゆっくりしましょう」
「ん。じゃあ、とりあえずおやすみ」
「おやすみなさい」
 浴室に向かったテンゾウを見送ってから、クローゼットの中に隠したテディベアを出してきた。
 明日渡そうと思っていたんだけど、直接手渡すのが気恥ずかしく思えてきてしまって。だからテンゾウが眠ったら、隣に置いてやろうと思ったのだ。この間みたいに抱き枕代わりに抱きしめられたりしたら、寝起きの俺が変な事してしまうような気もするし。それならテンゾウの隣にテディベアを置いておいたら、俺の代わりに抱き枕代わりになるかもしれない。
 とはいっても、テンゾウより早く起きる自信がない。目覚まし時計をかけたらテンゾウも起きてしまうし・・・・・・。
 それならシャワーから出てくるのを待って、テンゾウが眠ってから置くのが一番いいかもしれない。
 二階に上がってテディベアをベッドの近くに隠して、大きく息を吐く。テンゾウがシャワーから出てきたらベッドに入って、寝たふりしてやり過ごそう。俺が寝ていると思ったら、テンゾウだってすぐに寝るだろう。
 あれだけ眠そうにしていたからシャワーも早いだろうと思った通り、すぐに浴室から出てきた物音が聞こえてきた。
 急いでベッドに入り、顔が見えないように枕に顔を埋めて寝たフリをする。
 テンゾウは部屋に静かに入ってきて、ベッドの所まで歩いて立ち止まっているようだ。俺が寝ているか伺っているのだろうか。しばらくしてからベッドの空いているスペースに横になり、すぐに寝息が聞こえてきた。
 俺は寝返りをうって、本当に寝たか確認をする事にした。だっていくら何でも寝付くには早すぎたから。
 隣にいるテンゾウに手を伸ばして頬を突いてみたけれど、微動だにしないから今のうちに隣に置いてしまおう。

 そっとベッドを抜け出して、隠しておいたテディベアを取り出した。
 それを眠っているテンゾウの隣に置いてみる。無防備な寝顔にとても似合っていて、思わず頬が緩んでしまった。起きた時なんて思うのかな。だけど俺が言わないと、まさかプレゼントだとは思わないだろう。いい歳した男にぬいぐるみなんてと思われるかもしれないけど、猫のぬいぐるみの気に入りようを見た限りでは大丈夫だと思うんだ。明日の朝が楽しみだなんて思いながら、隣でテディベアと並んで眠るテンゾウを眺めている内に俺はいつの間にか眠ってしまった。







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