in the flight





くまさんのきもち 9








「・・・きです、・・・・・・」
 近くで話し声がして目が覚めた。全部聞き取れなかったけれど、好きですって聞こえた気がして隣で寝ているテンゾウに目をやると、昨晩となりに置いたテディベアに顔を埋めていた。
 ムニャムニャと寝言を言っているのだけど何を言っているのかは解らなかった。だけどさっき、確かに好きって言っていたと思う。
 夢でも見ているのだろうか。
 そういえばテンゾウって好きな人とか居るのかな。付き合ってる人はいなくても想いを寄せている人がいるのかもしれない。寝言だから真偽は分からないけれど、じわじわと胸が痛くなった。
 テンゾウを好きだと自覚した時から分かっていた事なのに、こんなに辛いなんて思わなかった。本気で誰かを好きになった事がないから気付けなかったんだ、多分。
 自分の作ったぬいぐるみを抱きしめて、知らない誰かへの寝言を言っている。それを俺は見ていられなくて、少し早いけれど起きて離れようと思った。
 するとベッドが軋んだ音で、テンゾウが起きてしまったらしい。
「・・・・・・ん」
 まだ寝ぼけた様子で顔を上げ、目をごしごし擦りながら俺の方を見ている。
「早いからもう少し寝てたら?」
「・・・・・・カカシさんは?」
「もう眠れそうにないから先に起きるよ。朝飯作っててやるから、出来たら起こしてあげる」
 俺の言葉にテンゾウは小さく頷いて目を閉じかけたのだけど、テディベアに気付いたようで目を開いた。
「・・・・・・あれ、いつの間に」
 首を傾げながら視線をテディベアから俺の方へと移す。思ってた通り、プレゼントだとは思っていないらしい。俺はなんだか照れくさくなって、癖で頭を掻く。
「誕生日って聞いたから・・・・・・。プレゼント?」
「えっ?僕、カカシさんに言いましたっけ」
 驚いた様子でテンゾウは目を大きくして起き上がる。
「この間サイに聞かされてね、急だったし他に何も思い浮かばなくて。ぬいぐるみなら抱き枕代わりにもなるしと思ったんだけど、早速使ってもらえて良かったよ」
 その代わり、聞きたくなかった事まで聞いてしまう羽目になってしまったけれど。
 それを聞いたテンゾウは嬉しそうに笑ってベッドから降り、俺の前に来て何を思ったか俺を強く抱きしめた。
「めちゃくちゃ嬉しいです。ありがとうございます」
 テンゾウは言いながら、ぎゅうぎゅう抱きしめている腕に力を込める。俺はテンゾウの感触や体温を体中で感じて、心臓が壊れてしまうんじゃないかと思う程にドキドキしてしまっている。
「ちょ、テンゾウ苦しい」
 そう言いながら離してほしいとテンゾウの腰を何度も叩くと、慌てながらやっと離れてくれた。
「ごめんなさい、思わず」
「そんなに喜んで貰えたなら、作った甲斐があったよ」
 耳まで赤くなってしまっている事を気付かれてしまうんじゃないかと思いながら視線を逸らす。
「これから毎日一緒に寝ますね」
 テンゾウはそう言ってテディベアの手を取って、俺に振って見せた。俺はまだドキドキしたままでテンゾウの顔をまともに見られなかったから、代わりにそのテディベアの頭をぽんと叩いた。
「さて、朝食の準備でもするかな。テンゾウはどうする?」
「手伝います。嬉しくて目が醒めちゃいました」
「分かった。じゃあお願いするよ」
 にっこり笑ったテンゾウに微笑み返して、一緒に部屋を出て階段を降りた。

「そういえば庭の野菜、どうなってます?」
「結構成長してるよ。ミニトマトはもう収穫できるし。食べる?」
「はい!じゃあ僕、摘んできます」
 そう言って縁側から庭に出て行くテンゾウの背中を目で追いかけた。今の頭の中はさっきの事でいっぱいだった。抱きしめられた事よりも寝言の方が気になってしまう。テンゾウの好きな人ってどんな人なんだろうか。
 もしその人と頻繁に会っているのなら、こんなにも俺の所に来たりしないだろうから離れた所に住んでいるのか、その人には別の相手がいるのか。
 昨日も会っていたんだろうか。でも昨日は抜け出して帰ってきてくれた位だし、会っていなかったと思う。って俺、こんな事考えるなんてテンゾウとどうにかなりたいって思ってるみたいだ。
 好きだから付き合えたら良いとは思うけど簡単にはいかないだろう。だから一方通行で良いと思いたいのに、そう簡単に気持ちは切り替えられない。
 そんな事をぼんやり考えていると、戻ってきたテンゾウが首を傾げた。
「考え事ですか?」
「えっ?あぁ・・・・・・うん、ちょっとね」
「忙しいのにプレゼント作って下さって本当にありがとうございました」
「今はまだそんなに忙しくないから。でもこれから忙しくなる所だったから、その前で良かったよ」
 摘んできたミニトマトを洗っているテンゾウに言うと、それに反応して顔を上げた。
「そうなんですか?じゃあ、あまりお邪魔できなくなりますね」
「来月の半ばくらいに個展があるんだけど、それが終わったら落ち着くと思う。すぐだよ」
「でも一ヶ月以上ありますね・・・・・・。暑いですから忙しくても無理はしないで下さい」
「ん、テンゾウもちゃんとご飯食べるように」 

 出来上がった朝食を食べながら、なんとなく気まずい空気が流れる。俺はともかくテンゾウが黙り込む理由が分からない。
「食欲ないの?」
 箸もあまり進んでいないようだった。
「あ・・・・・・いえ、美味しいです」
「なら良いんだけど。そうだ、今日の夜は食べていける?」
「ご馳走になってばかりな気がするんですが良いんですか?」
「せっかくの誕生日なんだから気にしないの。あとでケーキも買いに行こう」
 すると、それでやっとテンゾウの固かった表情が綻んだからホッと安心する。表情がころころと変わりやすいから、分かりやすい。
「駅前に美味しいケーキ屋さんがあるんです。僕、甘い物あまり食べないんですけど、そこのケーキは別で。あ、そういえばカカシさん甘い物苦手でしたよね。良いんですか?ケーキなんて」
「テンゾウが俺の分も全部食べてくれるんでしょ?」
「もちろん喜んで食べます、でも一口くらいは食べて下さいよ」
「ん、一口だけね」 

 そうして炎天下の中、駅前までテンゾウと歩いてケーキを買いに行く事になった。
 駅前は割と賑やかで色んな店が建ち並んでいて人通りもそれなりに多い。俺が前に住んでいた所に比べると全然少ないけど、引っ越してきてから駅前には来る事が無かったからキョロキョロとしてしまう。
「どこか入りたい所があれば言って下さい」
「テンゾウはよく来るの?」
「僕も最近はあまり来る事は無くなりました。買い物は近所で大体済みますし」
「うん、商店街あるもんね」
「カカシさんとこうやって出かけるの初めてですよね。なんか楽しいです」
 そう言ったテンゾウは本当に楽しいといった様子で、つい俺まで楽しくなってしまう。
「ただ歩いてるだけじゃない。ケーキ買ったらすぐ帰るんでしょ?」
「せっかく出てきたんですし寄り道していきましょうか、この先に喫茶店があるんです。お茶でもして行きませんか」
 テンゾウに言われるがまま喫茶店に入ってお茶をしたり、本屋さんに行ったりして。気が付けばすっかり夕方になってしまっていた。
 急いでケーキ屋さんに行くと、店内は沢山の人で賑わっていた。なんでも有名なお店だそうで、女性ばかりの店内に男二人は目立つのかチラチラ視線を感じてしまう。そういう目で見られたりしているんだろうか。俺はいいけどテンゾウに悪いなと思いながらテンゾウを見ると、気にしていないのか気付いていないのか目をキラキラさせてショーケースの中を覗き込んでいた。
「カカシさん、あれが良いです」
 テンゾウが指を差したのは生クリームでデコレーションされた、ごく普通のケーキだった。他にも色々と種類はあるのにと思ったけど俺が食べるわけじゃないしと頷いた。
「じゃ、一番小さいので良い?」
「はい。やっぱり誕生日ケーキって言ったらこれですよね」
 って、ロウソクも立てるつもりなんだろうか。
 忙しそうにしている店員に声を掛けると、お名前はどうされますか?なんて聞かれる。要らないと言おうかと思ったのだけど、隣のテンゾウが俺が返事をする前にテンゾウって入れて下さいって勝手に言ったものだから。クッキーでできたプレートに、かわいくハッピーバースデイ テンゾウって書かれてしまった。
 俺の名前じゃないけれど、これを今から帰って二人で食べるのかと思ったら恥ずかしくて堪らない。結局ロウソクも付けてもらって店を出て、大きく溜め息を吐いた。
「さすがに恥ずかしかった」
「すみません。でも凄く嬉しいです、小さい頃から誕生日ケーキはここのを食べていたんで」
 久しぶりなんですと嬉しそうに言われたら、まぁいいかと俺も微笑み返した。







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