in the flight





waterfall 1








誕生日だからといって特に休みがある訳もなく、いつもと変わらず今日も任務。

「僕に任せて下さい」

そう言って、一緒にツーマンセルで行動していた猫面の男が俺の前に立った。
今回の任務では敵を殺さずに里に連れ帰る事であったから、
全忍の中で唯一木遁忍術を使えるこの猫面・・・テンゾウが一緒だから
比較的楽な任務だったといえるかもしれない。
「頼む」
逃げ回るターゲットを、いとも簡単に木遁術で縛り上げてから
どうだと言わんばかりに、こちらを振り返った。

「じゃ、帰りましょうか、先輩」

表情は面をしていて分からないが、きっと得意気な顔をしているんだろう。
かなり優秀な忍なのに、性格はといえばまるで子供。
俺に褒めてもらう事が嬉しいらしく、いざ任務が終わると子犬のように
纏わりついてくるんだからどうしようもない。
黙ってれば、それなりにいい男なんだけどねぇ・・・。
任務時に見せる冷徹な部分を見る度に、普段のテンゾウとのギャップを感じて
がっくり項垂れてしまう。
といいつつも、俺になついてくれる子犬みたいなテンゾウも
本当はまんざらじゃないんだけど。
「ん。さっさと帰ろう」
「あ、先輩この後何か用事でも?」
テンゾウはそう言いながら、木分身を出して
拘束したターゲットを分身に運ばせた。
「いや?な〜んにも。帰って明日の準備して寝るかな」
「じゃあ少しだけ、僕にその時間下さい」
そう言ってテンゾウが顔を覆っている猫面をくいっと頭上に上げると、
日焼けしていない白い素顔が現れ、黒くて大きな目がまっすぐに俺を見ていた。
「何、飯でも奢ってくれんの?」
「えー、奢りですか」
そう答えてテンゾウは黙り込み、うーんと唸る。
「たまにはいいでしょ。お前も稼いでるんだから」
「先輩ほどじゃないですって。でも、いいですよ」
「よし、そうと決まれば早く帰ろう」

           *

夕飯はなんでも良かったのだけど、テンゾウが連れて行ってくれた店は
木ノ葉でも割と高級な食事処だった。
急に食事に行く事になったから予約なんてしていなかったのに、
すんなり通された部屋は個室でとても良い部屋だった。

テンゾウが一通り注文をしてくれた後すぐに酒がきた。
「おつかれさまでした」
テンゾウはにっこり笑ってそう言ってグラスを合わせてから、グラスに口を付けた。
「こんなに良い店じゃなくても良かったのに」
いつも行くような店なら良かったんだけど、なんでわざわざこんな店に。
「いいんです、先輩と来たかったので。料理もおいしいんですよ」
しばらくして運ばれてきた料理は確かにおいしかった。
秋の味覚のものが中心だったのが嬉しい。秋刀魚やら茄子など好きなものばかり。
苦手な揚げ物も出てこなかったのは、テンゾウが俺が嫌いなのを知って注文してくれたんだと思う。
「沢山飲んで下さい。明日は休みですし」
「休みだけど俺、そんなに飲まないよ。酔っぱらったお前を連れて帰らないといけないし」
「今日は大丈夫です」
って言うけど・・・俺に酒を勧めてくる時は、大抵もう酔ってたりする。
面倒だとは思わないけれど、肩に担いで帰らないとって思ったら
俺まで酔っぱらう訳にはいかないから。
テンゾウもストレス溜まってるのかなぁ。普段は俺に気を遣ってばっかりだし、
たまには羽目を外すのも良いと思うけど。
それでも、こうやって俺を誘ってくれたりするのは嬉しい。
他に仲の良い奴がいるのかなんて知らないけど、
里を離れての二人きりの任務の後なら普通はすぐに別れて帰る事が多いのに。

俺は他の仲間と、こんな風に任務の後に飲みに行くことはほどんと無い。
任務後に誘われたりする事もあるけれど、
一人になりたいと思ってしまって気が進まないのに、テンゾウだとそう思わない。
居心地がいいというか。
「先輩、ちょっとトイレに行ってきます」
「ん。転ばないようにな」
「まだそんなに酔ってません」
ムッとした顔でテンゾウは言って、部屋を出て行った。
なんでテンゾウだと平気なんだろう。
自分から誘う事はほとんど無いけど、任務の後に誘われなかったら
ちょっとだけガッカリしてしまったり。

部屋の扉が開いたから振り向けば、丸いケーキを両手に持ったテンゾウが立っていた。
「どうしたの、それ」
思わず口に出せばテンゾウはにっこり笑って、それをテーブルの真ん中に置いた。
そのケーキの上のプレートを目にして、あ。と口に出してしまう。
「お誕生日おめでとうございます」
テンゾウはそう言って、俺の隣に腰を降ろした。
「忘れてた・・・」
「やっぱり、そうだと思ってました」
誕生日ケーキの上にはハッピーバースデイの文字。
自分の誕生日を忘れていた事に驚いてから、
テンゾウはこれをいつから用意していたんだろうと気になってしまう。
もしかして、もともと店も全部用意してくれていたんじゃないのか。
「そんなに驚いてもらえて嬉しいです」
「・・・いや、驚くでしょ普通」
「はい。先輩を驚かせようと思ってました」
そう言って、テンゾウは本当に嬉しそうな顔をしながら笑った。
これじゃあどっちが祝ってもらってるのか、分からない感じだ。
「うん・・・びっくりした、本当に。でもありがとう」
「喜んでもらえて嬉しいです。ケーキ、少し食べませんか?」
テンゾウはフォークにケーキを少し取って、そのまま俺の目の前に持ってくる。
「ありがと」
そう言ってフォークを受け取ろうと、手を伸ばしたらかわされてしまった。
顔を見れば、何かを企んでいるかのような表情をしている。
「な、何」
「口を開けて下さい」
テンゾウにそう言われて、顔が熱くなる。
何考えてるんだと首を思い切り横に振った。
「自分で食べるって。なんでお前に食べさせてもらわなくちゃいけないの」
「駄目ですか・・・」
駄目とかそういう問題じゃなくて。
大体、こっそり誕生日祝いを用意してくれるとか、色々と恥ずかしすぎる。
これじゃあまるで恋人みたいじゃない。って思ったら、どんどんと顔が赤くなってしまって。
テンゾウは一体、どういうつもりなんだろう・・・。

しょんぼりと落ち込んだ様子のテンゾウを見ていたら、
悪い事をしてしまった気分になってしまう。
俺なんかのために、きっと店もケーキも用意してくれていたんだから
それぐらいの事ならしてやってもいいんだけど、いかんせん恥ずかしすぎる。
だって俺もテンゾウも男なのに。
「あのさぁ。なんで食べさせたいって思うの?別に嫌じゃないけど、恥ずかしいでしょ普通に」
そう言って、フォークを持ったままのテンゾウの手を思い切り掴んだ。
テンゾウは目を丸くさせて顔を上げる。俺は少しやけくそ気味にその手を引き寄せて、
ぱくりとフォークに刺さったままだったケーキを口の中に放り込んだ。
「・・・先輩?」
ポカンと口を開けているテンゾウとは目を合わせず、口の中の甘ったるいケーキを飲み込んだ。
自分で食べたのだと思えば恥ずかしくないと思ったんだけど、
それでもやっぱり恥ずかしくて。すぐにテンゾウの手から手を離した。
ドキドキしていまっている事に気づかれたくなくて。
「ごちそうさまでした」
「なんか、ずるいです」
俺が息を吐いてそう言えば、テンゾウは口を尖らせた。
「ずるいって何よ」
「ずるいっていうか、そんなの反則です。かわいすぎる」
「か、かわいい・・・?!」
テンゾウの言った言葉に固まってしまっていたら、顔が近づいてきて唇を重ねられた。
咄嗟に押し返そうとしたけれど、力が全然入らなくて逆にその手も掴まれてしまう。
なんとかしないとって思ったって、どうにもならない。
唇がゆっくり離れていく。
もしかして、酔っぱらってるんじゃないの。テンゾウ。心臓の音がうるさい。
「好きです。先輩が好きなんです」
「・・・え」
好きって、そういう意味だよな。キスとかするぐらいなんだから。
今まで考えた事もなかった。
でも俺、なんて答えたらいいんだろう。
やっとの事でテンゾウの顔を見上げたら、まっすぐな目で俺を見つめていた。
視線をそらせないぐらいの真剣な目に胸がズキズキと痛む。
「今日、言おうと思っていたんです。キスなんかしてしまってすみません。
でもそれ位、好きって事を言いたくて仕方なかったんです」
「・・・うん。驚いた」
「・・・でも、気にしないで下さい。言いたかっただけなんで、先輩は何も言わなくていいです」
テンゾウはそう言って、苦笑いをした。
「せっかくの誕生日なのに、困らせるような気持ち悪いこと言ってごめんなさい」
気持ち悪い?そんな事、一度も思わなかった。
恥ずかしい方が強いけれど、嬉しいとさえ思ってしまった。
だけどテンゾウに何て言ったらいいのか、やっぱり分からない。
「・・・俺は別に困ってないっていうか、いや、やっぱり困ってるかも知れない」
テンゾウは黙って俺を見る。
気にするなって言った割には、ものすごく不安げな目の色をしているテンゾウを見て
ドキドキしてしまうのは、あんな事を言われたからなんだろうか。
「よく分からないんだけど。その・・・なんていうか、嫌では無かった・・・から」
「キスもですか・・・?」
聞かれて小さく頷く。恥ずかしくて、顔から火が出そうだった。
こういうのって、もしかしたら俺もテンゾウと同じなんだろうか。
なんとも思っていない人から好きとか言われたって、なんとも思わないし。
いきなりキスされたら突き飛ばすだろうし。ましてや男なら尚更。
「ごめん。多分・・・すぐに何も言ってあげられそうには無い」
「嬉しいです。フラれると思っていたんで、それだけで充分です」
「でもね、テンゾウなら多分大丈夫だと思う。他の人だと駄目な事とか、その・・・
さっきのとか、嫌じゃないから。多分、・・・嫌だと思ったら言うし」
その事だけは本当だから、ちゃんと伝えておこうと思った。
すると両腕が伸びてきて抱き寄せられた。ぎゅっと苦しい位に強く、抱きしめられる。
「・・・分かりました。嫌だと思ったら、ちゃんと言って下さい」
テンゾウの体は熱くて、聞こえてくる心臓の音は俺と同じぐらいに早くて、胸が苦しくなった。
声を出すと掠れてしまいそうだったから頷いたら、一層強く抱きしめられた。






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