in the flight





あめ玉 32








昨日と同じくらいの時間に家に帰ってこれたけれど、テンゾウはまだ帰っていないようだった。
今日も早く終わると言っていたけれど暗部にいる以上、いつ何があるか分からないし急に他の任務が入る事だってある。
いくら同じ忍だと言っても極秘任務な訳だから俺に知らせる事も基本的には、してはいけない事だ。
俺も在籍していたからその辺の事情は分かっているつもりだけど、
いつ帰ってくるか分からないテンゾウを待つ時間はとても長く感じてしまう。

やっぱり約束なんてしない方が良かったかもしれない。
そんな事を考えてから、今日の任務報告書を作成する事に集中することにした。

いつの間にか外はすっかり暗くなっていた。
やっぱり急な任務でも入ったのだろうか。そうじゃなきゃ遅すぎる。
それとも任務中に何かあった?いや、危険な任務では無いと言っていたしテンゾウに限ってそんな事はないよね。
いくらなんでも考えすぎだ・・・そうは思っても、一度そんな事を考えてしまったら悪い事ばかり想像してしまって落ちつかない。
いてもたってもいられなくなり、結局暗部の待機所まで足を運んでしまった。



          *



勢いよく出てきてしまったのは良いけれど、
こんな所まで押しかけてしまった自分が情けなくて出入り口の近くで足を止めた。
急に別の任務が入ったり長引いたりする事なんてなんてしょっちゅうある事なのだから、
やっぱり大人しく家で待っていた方が良かった。
ちょっと帰りが遅い位でバタバタして、テンゾウが知ったら何て思うかな。
小さく溜め息を吐いて引き返そうとしたら背後から呼び止められた。聞き慣れた声。

「先輩」

まさかと思って振り返ると、やっぱりテンゾウだった。
面を付けているから表情は伺えないけれど、嬉しそうな声色を聞いてホッとする。

「ここじゃアレですから移動しましょう。家、行ってもいいですか?」
「分かった」

待機所の前で立ち話なんて出来ないから、すぐにそう返事したのは良いけれど。
テンゾウから消毒液と血の匂いがする。それは常人でも解る程の強い匂いだった。
前を走るテンゾウはいつもと変わらないから重傷では無いのかもしれないけれど、
治療を受けた後なら鎮痛剤の作用で痛みを感じていないだけかもしれない。

だけど軽い怪我なら消毒液の匂いがする位で、血の匂いはこんなにしないはずだ。
ぐるぐると色んな事を頭の中で考えている内に家に着いてしまった。
昨晩テンゾウが作ってくれた夕飯を温めなおした匂いがする。

「遅くなってごめんなさい」

そう言ってテンゾウが面を外して申し訳なさそうな顔をした。

「いや、そんな事より怪我見せて」
「さすがに・・・やっぱり分かりますよね」

苦笑いをしてマントを脱ぎアンダーを捲り上げると、脇腹に何重にも巻かれた包帯に
大量に血が滲んでいた。

「ちゃんと治療しなきゃ駄目でしょ・・・!」
「すみません。でも時間がかかるし」
「当たり前!今から病院行くよ。嫌って言っても連れていく」

落ち込んだ顔をしているテンゾウの腕を掴むと諦めたように溜め息を吐いた。
時間がかかるから治療しないとか一体テンゾウは何を考えてるんだろう。
こんなんじゃ任務だって行けないし、放って置いて悪化して長引く事だってある。

「わかりました。でも少しだけ待って下さい」
「何?」

そう聞き返すと包み込むように抱きしめられた。

「ただいまです」

気の抜けた安心しきった声で言われると、俺まで気が抜けてしまいそうになってしまう。
大けがして帰ってきたけれど、帰ってきてくれて本当に良かった。
ちょっと遅くなった位でこんなに心配してたら、この先が思いやられるけれど
最近のテンゾウはやっぱり無理をしているように思えるから、どうしても心配になってしまうんだ。

「おかえり」

俺も抱きしめ返したら小さく呻き声を出した。

「痛いの?薬は・・・っ」

傷口が痛むのかと思って慌てて離れようとしたら、口布を降ろされ唇を重ねられた。
こんな事をしてる場合じゃないと分かってはいるけれど、テンゾウの唇の感触に体が疼いて離れられない。
音を立てて離れていく唇を名残惜しいと思って目を開くと優しくテンゾウが微笑んでいた。

「これが一番の薬です」
「・・・馬鹿」

無駄口を叩いてはいるけれど脈が乱れている。薬を飲んでいても疼くんだろう。
足下に脱ぎ捨てたマントを拾ってやり、テンゾウに被せてやる。

「早く行こ。背負ってってやるから」
「え、自分で歩けますって。ここまでだって自分で来られたのだし」
「うるさい、怪我人は黙って言う事を聞く」

強く言えば渋々分かりましたって言ったテンゾウを、背中に乗せて家を出た。
ぎゅっとしがみつくテンゾウの顔が髪に潜り込んで息がくすぐったい。

「先輩、お風呂上がりですか?いい匂い」
「ていうか・・・くすぐったいんだけど」
「それはお互い様ですよ。先輩だって昔こんな風に僕の髪に顔埋めたりしてましたよね?」

昔って暗部の時の話か。チャクラ切れになってテンゾウに背負われて、もの凄くドキドキした覚えがある。

「そんな事あったっけ」
「惚けたって無駄ですよ。ちゃんと全部覚えてるので」

昔の事を思い出すと今でも照れくさい。
片思いだと思っていたから、先輩の特権で今では到底出来そうにない事ばかりやっていた記憶があるから。
それを全部覚えてるなんて言われたら、もう逃げ出したくなる位に恥ずかしい。

「しばらく入院ですかね、僕」
「だろうね。無理しすぎなのよ・・・そこまで人手が足りない訳じゃないでしょ?」
「はい。でも少し無理してでも今は任務に出たいんです。じゃないと先輩に追い付けない気がして」

追い付かなくてもいいのにテンゾウはいつも、そればかり言う。
ていうか、もう俺と肩を並べても充分おかしくないかも知れない。

「毎日見舞いに来てやるから早く治すように」
「あ・・・ありがとうございます」

ぎゅうと力が込められた腕に自分の手を重ね、暗い夜道の中病院へと急いだ。







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