in the flight

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swinging trampoline


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 どこまでも続く青空と、遠い太陽の下。そんな炎天下の中、僕とカカシ先輩は同僚の結婚式に向かう最中だった。
 正装に身を包んでいる為にいつも以上に暑さを感じてうなだれている僕とは逆に、涼しい顔でさっさと歩く先輩の背中を恨めしく見つめる。今から結婚式に行かなきゃいけないという事が、僕の足取りを重くさせている。
 僕の好きな人もいずれ誰かと結婚したりする日が来るんだろうか。
 僕が片思いを続けている人は男であり、その上その相手というのは今一緒にいるカカシ先輩だ。叶う事のない恋だとは自分でも分かっているつもりでも、そんな相手と一緒に他の誰かの幸せな場面を見届けに行くという事は、あまり楽しいものではない。
 もちろんカカシ先輩は僕の気持ちなど知らないし、僕も伝えるつもりは無かった。先輩に恋人がいないのは知っている。特定の相手は作らないんだと、前に聞いた事があった。そんな先輩が女、男からモテる事は知っていたし、噂でそんな連中と遊んでいるらしいって事も耳に挟んでいる。
 いっそ伝えてしまえばいいのに。そしたら、一度ぐらいはヤらせてくれるかもよ。なんて僕に言う奴もいたけれど、僕が思うに先輩はそんな人では無い。
 僕から見た先輩は思いやりがあって優しくて、恋愛に関しては純粋な人なのかもしれないとまで思っていた。
 実際、誘われている所を見た事があったりしたけど、その度に丁寧な言葉で断っていたし、僕に下世話な話は一度もしたことがない。そこまで先輩と親密になっていないからかも知れないが。
 だからこそ余計に、僕は先輩に想いを伝えられなかった。僕は気持ちを隠す為に、先輩にはわざと冷たい態度や言動を取ったりしていて、嫌われてしまうんじゃないかと思った時にはもう遅く、でも今更態度を変えるのも変な話で、今日も何故か一緒に行く事になってしまってどうしようかと思い悩んだ。

 そう。だから、今もこうやって二人無言な訳で。好きな人と二人きりで歩いてるというのに、まるで告別式にでも行く途中みたいな暗さだ。その上、この暑さは半端じゃない。
 先輩が隣ではなく前を歩いてくれる事に僕は感謝を覚えながら、その後ろをノロノロと付いて行った。蝉がうるさく鳴く声が、一層足取りを重くさせている。
 ふと先輩が僕の方へと振り返った。
「俺、行くのやめようかと思ってるんだけど。お前どうする?」
「・・・え」
 先輩は大きく溜め息を付いて、面倒くさそうに頭をぽりぽりと掻いた。
 今日は暗部の面はもちろん額当てもしておらず、先輩の眼を見たのはそういえば久しぶりだった事に気が付いた。この炎天下、無防備に晒されているその顔はやはりきれいで、見つめているとその瞳に吸い込まれてしまいそうになって慌てて僕は視線を先輩から逸らす。
「行かないんですか」
「そ。で、お前はどうするって聞いてるんだけど・・・行く、よな?」
 もし行かないと言ったら、この後どうなるんだろう。
 下手に先輩と一緒にいたら僕の気持ちがバレてしまうかも知れない。とはいえ、僕も気乗りしていない結婚式に行かないという選択は悪くはなかった。
「・・・どうしましょうか、ね」
「どうせお前も乗り気じゃないんでしょ。せっかくだし、俺の家にでも来る?」
「先輩の家ですか」
「そ。何もないけどクーラーあるから、快適よ。ほら、もう行くよ」
 と、僕はまだ行くとも何も言ってないのに、先輩は先に行ってしまった。僕を部屋なんかに誘って、先輩はどういうつもりなんだろう。これまでの付き合いを振り返ると、先輩が僕を誘うなんて事は一度も無かった。はっきり言って、僕は先輩に良い印象を持たれていないはずなのに。・・・先輩の家なんてきっと、もう行く事なんて無いかもしれないと思うと、やっぱり追うべきか、それとも帰るべきか。しばらくそこで悩んでいると、突然目の前に先輩が現れて心臓が止まるかと思う位に驚いた。
「わっ・・・」
「来るの、そんなに嫌な訳?」
 そう言って、先輩が僕のほうに顔をぐっと近づけた。顔が、近い。近付いた瞬間に先輩の前髪が僕の額に触れて心臓が飛び跳ねそうになり、僕はすぐに先輩に背を向ける。
 あぁ・・・多分、きっと顔が赤くなってるに違いないし、耳もきっと赤くなってるだろう。
「・・・俺の事嫌い?」
 後ろから聞こえてきた先輩の声に、ハっとする。
 いつもの先輩らしくない暗い声色。・・・そりゃ、こんな態度取ってたら嫌ってると思われたった仕方が無い。
 そんな事無い、と言い返してどうなる?気持ちを伝える気は無いんだから、先輩にだって嫌われたほうが都合はいい。仲良くなって、もし、先輩に恋人ができたりしたら、のろけ話も沢山聞かされるだろう。そんな話を笑って聞けるほど僕は強くない。かといって面と向かって嫌いだなんて、さすがに言える訳も無かった。
「わかったよ、もう誘わない」
 言葉を探し続けている僕の背中に投げかけてきた先輩の言葉は冷たく、ぐさりと胸に突き刺さるような思いがした。
「待って下さい・・・!」
 やっぱり嫌われたくない。そう思って勢いよく振り返ると、ちょうどすぐそこに先輩が立っていて、先輩の胸の中へと飛び込んでしまうような形になってしまった。
「おわっ」
「・・・わっ!」
 すぐに慌てて離れたら、先輩が呆れた顔で溜め息を吐いた。飛び込んできたのはお前でしょうがと呟いて。
「で?」
「で・・・?とは」
「あのね・・・。待てって振り向いたのは、お前でしょ」
 訳が分からずに聞き返した僕は、その先輩の言葉を聞いてから気付いた。とっさに言ったその言葉を、どうやって誤摩化そうか。
「いえ・・・結婚式、本当に行かなくていいんですか?先輩は二人と付き合い長いでしょう」
「ん〜・・・ま、そうなんだけどね。俺、どうも結婚式とか好きじゃないんだよね」
 その点では僕と同じだ。だけど好きじゃない理由は僕とは違うんだろう。
「そうですか。・・・僕は家に帰ります。先輩もゆっくり休んで下さい。僕なんかがいたら休めないでしょうし」
「僕なんかがいたら?」
 僕が無意識で言った言葉。確かに不自然だ。だけど、そう聞き返した先輩の目は僕の言葉に興味があるようには見えない。
「深い意味はありません。では、僕はこれで」
「・・・あ、そ」
 先輩の素っ気ない返事を目を閉じて聞いてから、僕はその場を立ち去った。





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