in the flight


 酷い頭痛で目を覚ました。・・・ここは一体どこなんだ。視界に飛び込んでくる見覚えの無い風景に首を傾げながら、ズキズキと傷む二日酔いの頭で昨日の記憶を辿って行く。
 やけ酒とも言える酒を飲んだ事。部屋で先輩を思いながら自慰した事。それから先輩の家の前・・・先輩の涙。涙?
 一気に二日酔いも消え、慌てて飛び起きる。ここは先輩の部屋で僕は昨日、無理矢理先輩を抱いた。その後僕はすぐに寝てしまって・・・先輩はどこへ?慌てて先輩の姿を捜すも、部屋のどこにもいなかった。

 謝らないといけないのに。僕は先輩を傷つけた。あんな事するつもりじゃなかったんだ・・・。酒を飲んで酔っていたとはいえ、先輩が抵抗してくれたら止めるつもりだった。それなのに先輩は好きにしていいと、僕を受け入れてくれたんだ。
 それに、最後に抱きしめてと言った先輩が忘れられない。あんなに甘いキスを交わしたのも初めてだった。なにより先輩の瞳が、僕を好きだと言っているように思えて仕方が無かった。
 先輩はどこに行ったんだ・・・。

 部屋の窓を開けると、もう太陽は真上に昇っていた。雲ひとつない晴天。もしかしたら先輩は任務に出たのかもしれない。任務内容なんて知らないから、いつ帰ってくるかわからないな・・・。
 部屋の中はエアコンが付いたままで、ひんやりとしていた。クーラーが付いてなかったら暑くて寝てられなかっただろう。これからどうしようかと考えた時に、玄関の扉が開いた。咄嗟に振り返ると買い物袋をぶら下げた先輩が、外から戻ってきたようだった。
「やっと起きたの」
 面倒くさそうな顔で言う先輩は、いつものカカシ先輩だった。だけど、その表情の中に少しだけ甘さが含まれている事に僕は気が付く。
 そうだった。僕は自分の事ばかり考えて、先輩の事を何一つ知ろうとしなかった。どうせ僕の事なんか何とも思っていないんだろうと、逃げてばかりだった。先輩はいつもこうして、態度や仕草で、僕を好きだと知らせてくれていたのに。
 部屋の中を走り、玄関で立ったままの先輩の所まで行って力任せに抱きしめる。先輩の体は外の暑さのせいで暖かく、太陽の匂いがした。
「・・・何、どうしたの。酒臭いよ、お前」
「好きです」
「は?」
「先輩が好きなんです」
 先に謝ろうと思ってたのに口を吐いて出てきたのは、ずっと言えなかった言葉だった。謝る理由も、結局は全部先輩を好きだったからという事もあるし、なにより抱きしめた瞬間に、好きだと言ってしまいたくなったんだ。
「・・・え・・・と、あのさぁ・・・」
「何ですか」
「・・・いい。やっぱ、話は後」
「はい?」
 先輩は照れたような声でごちゃごちゃ言ってから、僕の背中に腕を回した。先輩の髪を撫でて顔を覗き込むとその顔は紅潮し、恥ずかしそうに僕を見る。
 口布に指をかけて降ろすと、整ったきれいな唇が目の前に晒された。僕はゆっくりと顔を傾けてくちづけようとすると、突然先輩に突き放されてしまった。
「わっ・・・」
「待って・・・」
 見ると先輩は顔を片手で覆い、そっぽを向いている。その顔は沸騰しそうな程に真っ赤だった。僕とキスするのは初めてじゃないのに。それに、話は後っていうのは、そういう事じゃなかったのか。
「先輩!」
「ごめん・・・。先に飯にしよう?な?」
 不満を押さえ切れない僕が先輩に詰め寄ると、わざわざ買ってきてくれたらしい食材の入った袋を僕の顔の前に突き出した。
「・・・分かりました。・・・もしかして照れてます?」
「ば、バカ!そんな訳ないでしょ」
「図星すぎましたね」
 僕は笑いながら突き出された買い物袋を受け取り、中を覗いたら夏の野菜が沢山入っていた。二人分の、それも恐らく夕食分までありそうな量だ。これで何を作ってくれるんだろう。
「先輩の料理、楽しみですよ」
「俺は作んないよ。テンゾウよろしくね」
「え〜・・・。まぁいいですけど・・・」
 でも多分、わざわざ買いに行ってくれてたって事は、本当は先輩が作ってくれるつもりだったんだろうなぁ。だったらもうちょっと寝てればよかったなと、溜め息を吐く。
 僕が料理をしている間、先輩は布団を干したり部屋を片付けたりしながら、ちらちらと僕を盗み見していた。気付かれてないと先輩は思ってるだろうけど、そんな視線に僕が気付かない訳がない。まるでもう恋人同士みたいだな・・・と僕は思った。だけど、ちゃんとお互いの気持ちをまだ伝え合っていない。先輩から好きだって、言ってもらいたいし。
 しばらくして台所に先輩が入って来て、冷蔵庫から缶ビールをひとつ取り出した。料理を作っている僕の隣でプシュっと泡の弾ける音を立てて空け、ごくりと美味そうに飲み込んだ。
「ふぅ・・・。休みの日のビールって美味いよね」
「僕にはくれないんですか」
「だってお前、酔ったら何するか分からないでしょ」
 と、先輩はしらじらしく言って、あっという間に全部飲み干してしまった。酒のせいもあるとは思う、先輩の言う通り。でも酔ってあんな事をしたのは、もちろん今まで一度も無いんだ。だからといって許されるとは思っていないけど、先輩はもう怒ってないんだろうか。
「・・・すみませんでした」
「あ〜・・・。いいんだけど・・・それよりね。何か勘違いしてるみたいだったから言っておくけど、俺、テンゾウ以外の男と寝た事無いから」
「・・・え?」
 僕以外の男と寝た事が無いだって?
 先輩の言葉に、料理をしていた手を止め顔を上げると、隣にいた先輩がふと僕の後ろに回り、そっと抱きついてきた。
「先輩?」
「だからぁ・・・お前が初めてだったのよ」
「嘘、冗談でしょう・・・?」
「あの日。結婚式にお前と行くはずだった日。・・・あの時俺、お前に嫌われてるんだと思った。でも、どんな関係でもいいからお前と繋がっていたいって思った。だからあの日、お前の部屋に行ったの。・・・本当に気付いてなかったんだ、初めてだって」
 僕は持っていた包丁をまな板の上に置いて、腰に回された先輩の手を握りしめた。先輩の言っている事が本当だったとしたら、あの日からずっと僕は先輩をずっと傷付けていたんだ。初めて先輩を抱いた時、あまりにも慣れていない感じに戸惑った覚えがある。でもまさか初めてだったなんて思いもしなかった。
「そんな・・・」
「俺の事、淫乱な奴だと思ってたんでしょ?・・・ごめ〜んね・・・」
「じゃあ先輩は・・・最初から僕の事・・・」
「それはもうお互い様でしょ?俺だって、昨日お前にあんな事されるまで気付けなかったんだし」
 なんでこんな事になってしまったんだろう。お互いもっと早く気持ちを伝え合っていれば、こんな傷付け合う事なんてしなくてもよかったのに。
 と、今だからこそ言える話であって、数時間前までは気持ちを伝える事なんて考えもしなかったし、むしろもう忘れようとか諦めようとか、そんな事ばかりを考えていた。
 僕は後ろを向き、先輩を抱きしめた。強く抱きしめると、先輩もそれに答えるように僕の背中に回した腕に力をこめる。
「・・・ごめんなさい」
「いいよ。執着心の強い奴って嫌いじゃない」
「それは僕じゃなくても?」
「テンゾウだからに決まってるでしょ・・・って、何言わせんのよ・・・」
 先輩は照れたように言って僕の髪に顔を埋めた。心臓がドキドキしている。先輩って僕が思っている以上にシャイなのかも知れないと思うと、愛おしい気持ちがどんどん湧いてくる。
「先輩?僕の事好きだって聞かせてください」
 ずっと好きだという気持ちを隠し続け、先輩に対して素直になれなかった僕は相当不器用だと思う。でも先輩だって大概不器用だ。さっきだってせっかく好きだって言ったのに、なんだかんだ、はぐらかされたような気がする。
 僕の言葉に先輩は体を硬直させる。そして、うぅ・・・と呻き声を出し、はぁ・・・と大きく溜め息を吐いた。
「・・・言わなきゃダメ?」
 先輩は弱々しい声で呟き、もう一度溜め息を吐いた。
「聞きたいんです。・・・先輩、お願い」
「・・・わかった。でも、お前から言って」
 先輩は諦めたように、でも僕に先に言えと。僕の方はもう気持ちは伝えてあるから、何度でも言える。好きだっていう気持ちがもう抑え切れなくて、言葉とか、こうやって抱きしめたりして吐き出していないと、頭がどうかしてしまいそうな位に、先輩が好きだ。
 先輩を少しだけ引き離して顔を覗き込んでみると、湯気がたちそうな程に顔が真っ赤だった。そんな先輩はメチャクチャかわいいと思った。
「好きです。ずっと先輩が、好きでした」
 さっきと違って先輩の目を見ながら言うのは、さすがに照れた。先輩は潤んだような目を隠すように、僕から目を逸らす。
「・・・うん」
「・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
 じっと黙って先輩の言葉を待ったけれど、なかなか返事は返ってこない。先輩の目は困ったように、あちらこちら泳いでいる。でも僕は何がなんでも聞きたいと思ったから、ひたすら待つことにして先輩をずっと見つめていた。
 そして先輩は僕に目を合わせた。返事がくるかと構えると、急に先輩の顔が近付きその唇が僕の唇に押し当てられた。
「・・・!」
 唇が離れ、先輩は顔を隠すように僕に抱きついた。まさかキスされるなんて思ってなかった。先輩に聞こえてしまうのではと思う位に心臓を弾ませながら、先輩の言葉をじっと待った。
「やっぱ言わない」
「えぇ!言って下さいよ・・・」
「絶対言わない」
 え・・・と、がっくり肩を落とすと、子供をあやすように頭を撫でられた。
 そんなんではぐらかそうとしたって駄目ですよ、先輩。
 あんなかわいいキスでも、今の僕には充分刺激的で頭よりも体が先に動いてしまう。
 僕はもう一度先輩を引き離し、すぐに唇を奪った。開いた唇を割って舌を絡め取り、深く。驚いたような先輩の手は、僕の背中を無造作に掴み、次第にゆるゆると力が抜けて僕の背中を這い回る。
 先輩の体を支えながら服の中に手を潜り込ませると、先輩は抵抗し、僕から離れようとする。僕も無理矢理するつもりは無いから、それ以上何もしなかった。
「っ・・・、待って・・・」
「・・・ごめんなさい。でも、先輩が欲しい。何度も先輩を抱いたけれど、一度も満たされた事が無かった。・・・先輩もそうでしょう?抱きたいんです、先輩」
「ちょっ・・・と、待って。・・・言いにくいんだけど・・・」
 と、本当に言いにくそうな顔をして、先輩はまた視線を泳がし始めた。なんだろう?言いにくい事って・・・。
「その・・・昨日・・・無理矢理突っ込まれた時に出来た傷がまだ痛いから・・・今日は・・・」
「・・・!」
 顔面蒼白とはまさにこの事だろう。そうだ。僕は無理矢理先輩の中に・・・。あれだけキツかったんだ、傷が出来てても当然だろう。
「薬は?ちゃんと塗りました?」
「う・・・ん、まだ、塗ってない」
「塗ります。どこですか?」
「いいって!後で自分でちゃんと塗るから・・・」
 先輩が抵抗するのも仕方ないと思う。でも僕が傷付けた傷だ。それを先輩一人にやらせるなんて、絶対にさせたくない。何がなんでも僕が手当しないと・・・。先輩を傷付けてしまった自分を戒める為にも。
「駄目です。どこにあるんです?教えてくれないのなら、勝手に探しますよ」
「・・・わかったよ。ベッド脇の引き出しに入ってる」
 先輩はうんざりしたような表情で僕を見て、溜め息を吐いた。確かに僕でも嫌だ。尻の穴の手当なんかを人にしてもらうのなんて。僕は先輩に言われた場所に行き、引き出しを開けると医療パックを見つけてその中から見覚えのある塗り薬を取りだした。奈良家秘伝の薬だ。
「すぐに終わらせるんで・・・」
「当たり前でしょ・・・早くやってちょうだい」
 先輩のズボンと下着をすっぽりと脱がし、なるべく意識を治療の方に専念させながら先輩の足をゆっくりと開かせる。明るいところで見ても、やっぱり先輩の肌は滑らかできれいだ。片手で片方の尻を横に押し広げると赤く腫れ上がった先輩の秘部が露わになった。・・・痛そうだ。きっと中はもっと腫れているかもしれない。
 塗り薬をたっぷり指に取り、傷に障らないように塗り広げると先輩の体が小刻みに震えた。奈良家の薬は即効性がある。塗った部分の痛みはすぐに引いてくるだろう。
「滲みますか?」
「・・・平気」
「少し待ってから、中も塗りますからね・・・」
「・・・テンゾウ、もういい。・・・やっぱり恥ずかしい」
 その顔は恥ずかしさのあまり真っ赤で、これ以上手当するのも酷だと思った。これだけ塗っておけば、とりあえず痛みは引くだろう。
 ベッドの端に畳んであったタオルケットを先輩にかけてあげて、その中に自分も潜り込み先輩の方に腕を回してそっと抱きしめた。
「わかりました。・・・恥ずかしい思いさせて、ごめんなさい。・・・そういえば昨日、僕に聞きたい事があるって言ってたと思うんですが、何だったんですか?」
「あぁ・・・うん、もう別によくなったから気にしなくていい」
「そう言われても気になりますよ。何だったんですか」
「・・・俺の事好きなの?・・・って聞きたかっただけ・・・だから」
 と、先輩は言いにくそうに小さな声で言って、不満げな顔を僕に向けた。
「なんですか?」
「・・・さっきも言ったけど、俺はずっとお前に嫌われてると思ってたの。俺の事好きなら、何でもっと早く言ってくれなかったのよ」
「先輩こそあんな事するんなら、言ってくれたら良かったじゃないですか。何も言わないから、先輩は僕じゃなくてもいいんだって、ずっと思ってたんです。それなのに言える訳ないじゃないですか」
「あんな事、お前じゃなきゃ出来る訳ないでしょ」
「どうして僕だったら出来るんですか?」
「それはお前が・・・」
「僕が何ですか?先輩」
「・・・嫌な奴だね、お前」
 と、先輩は冷めた目をしてそう言い、下から腕を伸ばして僕の頭を引き寄せ少し乱暴に僕の唇を奪った。唇を開くと先輩の舌が奥まで入り込んでくる。
 うつ伏せになったままの先輩を組み敷き、息継ぎもできない程に深く舌を絡ませ合った。先輩の手は僕の後頭部に潜り込んだままで、離れられないように強く押さえつけられている。
 そしてもう片方の手は僕の背中へと回され、引っ掛けるように着ていたシャツを脱がし冷たい指先が僕の素肌を這い、そのまま腰へと伸びて下着ごと全部脱がされる。
 僕も先輩の服の裾に手を差し込み、上へと捲り上げた。全部脱がしてしまいたいけれど、唇を離さなきゃいけない事がもどかしい。

 どちらからともなく唇が離れ、僕は先輩の服を全て取っ払い溶けきった脳で先輩を見つめると、先輩は僕の首に腕を絡ませて微笑んだ。
「好きだよ、俺も」
 やっぱりこの人はずるい。
 こんな状況で不意を突いて言われたら、全部持っていかれそう。でも、それもいいかも知れないと思いながら僕は先輩の体に唇を落とした。
 不思議なもので、先輩とは何度も体を重ねてきたのに、先輩が僕に触れるだけで全身が甘く痺れてしまう。そして先輩の体もいつも以上に敏感に、僕の愛撫に反応する。

 先輩の秘部へと指を伸ばすと、さっきたっぷりと塗り込んだ傷薬が溶けて、ぐちゅぐちゅになっていた。もう痛くないんだろうか。
「痛くないですか」
「ん・・・平気。薬が効いてるみたい・・・」
 と、先輩は熱っぽい目を僕に向けた。僕は指を先輩の中にゆっくりと潜り込ませた。溶けた薬のおかげで、卑猥な音を立てながら吸い込まれるように中に入っていく。
「っ・・・」
「痛い?」
「ううん・・・気持ちいい」
 差し込んだ指を中で折り曲げ、前立腺を刺激する。昨日優しくしてあげられなかった分、時間をかけて丁寧に。
「はっ・・・あぁ・・・」
 先輩の吐く吐息がだんだんと早くなって、僕にしがみついている指先に力が込められる。
「先輩、すごくかわいいです」
「っ、かわいいとか、嬉しくない・・・っ」
「でもやっぱり、すごく可愛い」
「あっ・・・も、イキそ・・・あっぁぁ」
 体を震わせて達した先輩を強く抱きしめた。耳元で吐き出される熱い息に背筋がゾクゾクして、僕ももう限界だと思いながらも、先輩が挿れてって言うまでは我慢するんだと自分に言い聞かせる。
 先輩の体がとても熱い。そして先輩はおもむろに手を伸ばし、僕のモノを優しく扱き始めた。射精を促す好意に、僕は慌てて先輩の手を掴んでそれを止めさせた。
「・・・駄目です」
「じゃあ、挿れてよ。・・・早く欲しい」
「先輩・・・。なんでそんなに可愛いんですか」
「だから・・・。可愛いとか言うなって」
 僕は先輩を抱きしめたまま自分のモノを先輩に押しつけ、ゆっくりと体を沈めていく。ぬるぬるして、ぎゅっと締め付けてくる入り口がとても気持ち良くて、思わず溜め息が漏れた。
「っ・・・先輩」
「テンゾウ、先輩って言うの、やめて」
「え・・・いきなり、難しいです」
「名前呼んで」
 先輩はそう言って僕の顔を覗き込んだ。紅潮した顔はとてもきれいで、でも少し甘えたように名前を呼べという先輩はやっぱり、かわいいと思ってしまう。
 僕はうぅんと悩みながら、腰をゆっくり引き奥までまた押し込むという事を繰り返すと、先輩は体を仰け反らせて喘いだ。
「いっ・・・」
「痛いんですか?」
 先輩が顔を歪めたから心配になり、動きを止めて聞けばふるふると首を横に振り、気持ちいいって恥ずかしそうに答えた。
「先輩、かわいい」
「っ・・・せんぱい?」
「カカシ・・・さん」
 ずっと先輩って呼んでいたから、カカシさんと呼ぶのは慣れないというか、照れるというか。でも、あんなにかわいく名前で呼んでとお願いされたら嫌だと思うはずもなく。
 先輩はぎゅっとまた僕に抱きついて、僕の動きに合わせて声を上げる。前はこんなにも声を聞かせてくれなかったし、それこそ淡々としたものだった。それは僕にとって、多分先輩にとっても、ただ切なくてお互いが苦しくなる行為でしかなかった。それが今は先輩を抱く事によって、先輩を好きだと思う気持ちがどんどんと膨らんでいく。
「あっ・・・あっ・・・テ、ンゾ・・・」
「っ・・・何、ですか?」
「イキそうだから・・・」
「抱きしめたらいいんですね・・・?」
 僕の問いに頷いた先輩を更に強く抱きしめて、腰の動きを早めた。腕の中で先輩は何度も体を震わせて射精し、そして僕も少し遅れてから先輩の中に射精した。密着している僕と先輩の腹の上に、温かい液体が広がる。
 体中の血液がドクドクと脈打ち、目の前がクラクラしている。息が収まるまではと先輩を抱きしめながら、初めて先輩を抱いた時の事を思い出した。
 あれが先輩の初めてだったのだと思うと、本当の事を知っていたら、気持ちが通じ合っていたらどんなに良かったかと、いたたまれない気持ちになった。
 もっと優しく抱いてあげれたのに。なんども好きだって言って、抱きしめてあげたのにと、まだ乱れた息を吐いている先輩を抱きしめながら僕は思った。

「カカシさん。大丈夫ですか」
「・・・。その、カカシさんって、やっぱ照れるな」
「やめましょうか?」
「いや、そのほうがいい。嬉しいから」
 そして僕は先輩から体を離した。体中が汗と精液でベトベトになっている。でもそんな事は後回しにして、先輩を抱きしめていたいと思った。全部が嘘みたいで、でも本当で、どうしたらいいか分からない。ただ、心も体も満たされて、こんな状態を幸せと呼ぶのだろうか。だとしたら、僕はこれ以上ないくらいに幸せだと思う。無意識に表情が緩むなんて事は、今まで一度だって無かった。
「テンゾウ。お腹空いた」
「え・・・。僕、もう少しだけこうしていたいです」
「俺、逃げたりしないって」
「・・・わかりました。作りますよ」
 先輩は僕の表情を見ておかしそうに、くすくす笑っている。ちょっと馬鹿にされたような気がして、少しムッとする。
「何笑ってるんですか」
「いや、何もないよ。ちょっと嬉しくてね」
「嬉しい?」
「うん。・・・ほら早く」
「はいはい。でもその前に、シャワー借りますね」
「あ、俺も後で入る」
 と、追い出されるようにベッドから降りてシャワーを浴びた。
 それから台所に行き、料理の続きを始める。その間に先輩はぐちゃぐちゃになったシーツをベランダで洗い始めた。
「テンゾ〜」
「なんですか?」
「ビール取って」
「・・・!」
 呼ばれてみると僕を使う事が当たり前のように先輩はそう言って、ベランダから戻ってきた。自分で取りにくればいいのに、と僕は思いながらも言われた通りに冷蔵庫から冷えたビールを取り出して、暑いと部屋で項垂れている先輩に持って行った。
「ご飯、まだ?」
「・・・。先輩って、もしかしてすっごくワガママですか?」
「失礼な。そんな事ある訳ないでしょ」
「まぁいいですけど。いいんです。・・・そんな先輩も、僕は好きです」
「・・・先輩?」
「あー・・・癖になっちゃってますね。すみません」
「いいよ、もう。なんでも」
 と、先輩は顔を赤くしながらビールをごくごくと飲む。
 先輩がもし信じられない位のワガママな人だったとしても、僕は先輩を嫌いになる事は無いと思う。むしろ僕に甘えてくれているんだと思って、もっと好きになってしまう気がする。今までの事を考えたら余計に、僕には何でも言ってほしい。
「もうすぐ出来るんで、戻ります」
 台所に戻り、最後の仕上げを済ませて適当な皿に盛りつける。茄子は炒め物に。秋刀魚は大量にあったトマトで煮込んだ。それと、山盛りのサラダ。それとビール二本を先輩の待つ部屋に運んで、テーブルの上に並べた。
「お待たせしました」
「ん、お疲れさん」
 僕は先輩の隣に腰を降ろした。顔を向かい合わすのが恥ずかしくて。
 ビールをふたつのグラスに入れるとプチプチと泡が弾けて、麦芽の匂いが立ち上がった。いただきますと軽く乾杯をしてから先輩は僕の作った料理を口に運んだ。その表情を伺うと、なんだか不機嫌そうな顔をしていた。あれ・・・失敗したかな。
「不味いですか?」
「ううん、美味いよ。でもね・・・」
 と先輩は言って、はぁと大きく溜め息を吐いた。
「何ですか」
「秋刀魚がどうして、こんな事になっちゃってんの。塩焼きが好きなの、俺は」
 そう言って先輩は、もう一度溜め息を吐く。・・・それならそうと、先に言ってくれたらいいのに。
「だって僕、先輩の好きな食べ物なんて知らないですよ。それに塩焼きにして部屋が煙たくなったら悪いと思ったので・・・」
「うんうん、そうだよね。言わなくても分かってくれるかなって思った俺が悪かった」
「・・・言ってくれなきゃ分かりませんよ」
 それにしても今日の先輩はよく喋るし、笑ったり拗ねたり表情が豊かだ。これも気持ちが通じ合ったからなのだろうか。子供みたいな先輩がとてもかわいく思える。
「先輩って僕が思っているような先輩じゃなかった」
 そう呟いてビールを煽ると、先輩の手が僕の腕をぎゅっと掴んだ。ん?と視線を先輩に移すと、むすっとしたような顔をしながら僕を睨んでいた。
「それ、どういう意味?俺の事知って、がっかりしたって?」
「違いますよ。・・・ぷっ、くく・・・」
「ちょっ・・・!何笑ってんの! 大事な事でしょ」
「いえ、すみません。がっかりっていうか、その逆ですよ。そんなに必死になるほど僕の事が好きなのかと思ったら、かわいくて仕方がないんです。昨日までの先輩が嘘みたいに思えて」
 すると、今度は顔を真っ赤にして掴んでいた手を慌てて離した。僕は離れていく手を追いかけるように掴んで、ぐいっと引き寄せ先輩を抱きしめた。
「テンゾウ・・・ご飯、冷める」
「そんなの後でいいです。先輩。どんなにワガママ言ってくれてもいいですから、僕には何でも言って下さい。言ってくれないと、気付けない事だってあるんです」
「・・・ん、分かった。言う」
「あと僕は、先輩は思っている以上に先輩の事が好きなんです。だからずっと一緒にいたいって思ってるのですが、当分は僕がここに来ます。それでいいですよね?」
「当分って?」
「いつか、もう少し広い部屋を借りましょう。・・・一緒に暮らすのは嫌ですか?」
「いや、俺も・・・その方がいい。俺ね、結婚式になんで行きたくなかったっていうとさ。片思いしてるお前と一緒に行きたくなかったっていうか。お前も嫁さんもらって幸せに暮らしたいとか思ってるのかなって考えてた。・・・俺は、毎日お前と一緒にいたいってずっと思ってたの」

 

 あぁ・・・まさか先輩も同じ事を考えていたなんて。
 先輩が素直に気持ちを話してくれるのは、きっと抱きしめていて顔が見えないからだろう。
「じゃあ、早く探しに行きましょうね。でも狭い部屋に二人で暮らすってのも、悪く無いと思うのですが」
 こうやって、すぐに抱きしめられる。
「そうだ、テンゾウ建ててよ。木遁のアレで」
「何言ってるんですか。そんな事したら火影様に怒られますよ」
「あはは。でも、広い家がいいな・・・」
 僕は抱きしめていた腕を緩め先輩の顔を見つめると、ふと窓の向こうで雨音がして振り返ると窓の向こうの空が真っ黒の雲に覆われていた。
「さっきまであんなに晴れてたのに」
「通り雨でしょ。シーツ干す前で良かった」
 次第に雨音は強くなり、バケツをひっくり返したような雨が降り始めた。先輩の言う通り、こんな雨はすぐに止むだろう。
「雨が上がったら、外に出ましょう。買い物もありますしね。散歩でもしましょうか」
「そうだな。じゃあ、それまでにご飯食べて・・・」
「いや、それよりも」
 先輩を抱きたいです。と、後ろに押し倒したら先輩は呆れたような顔をする。
「お前と一緒に住んだら大変そうだな」
「僕とするの嫌いですか?・・・もうこんなに大きくなっていますが」
 と、ぐいぐい僕の腰に押し付けられる先輩のものを撫で上げると、声を上げて僕に体を擦り寄せた。
「んっ・・・、さっき、したばっかりでしょ」
「したばっかりなのに、もうこんなになってるんですか」
 僕は先輩の下履きを全部脱がして、先走りでとろとろになっている先輩のモノを口に含んだ。すると先輩が上半身を起こして、僕を押し退ける。
「・・・テンゾウのも、してあげる」
 真っ赤になりながら先輩はそう言って、僕の服を脱がす。
「じゃあ舐め合いっこ、しましょうか」
 僕の提案に恥ずかしそうに頷き、ごろんと横になって僕のモノを優しく手で包んだ。僕も先輩のを再度口に咥え込んだ。先輩の舌先が僕の先端を突き、ぬるぬるとほどよい強弱をつけながら動き回る。やがて、ゆっくり熱い口内へと導かれると、僕のモノははち切れてしまいそうな程に膨張した。
 このままだと、すぐに出ちゃいそうだよなぁ。と、僕は先輩のを咥えながら考えた。
 僕は先輩の腰を両手で掴みながら、ごろんと仰向けになった。上になった先輩が僕のモノを口から離す。
「テンゾウ?」
「自分で腰、動かしてみて下さい。昨日、あんな事したお詫びっていうか・・・」
「い、いいよ! その事は」
「こんな風に・・・」
 先輩のモノを口に含んで腰を掴み、上下にゆるゆると動かした。昨日の先輩がしてくれたように、唇をすぼめて歯が当たらないように気を付けながら。先輩は僕のを貪るように口に含んで、上下に動かしながら時折声を上げた。
 僕は手を伸ばしてベッドの下に落ちていた塗り薬を手に取り、指先にたっぷりすくい取った。そして、後ろの入り口の中へ侵入させると、抵抗なくぬるりと中へと飲み込まれていく。
 指を二本、三本と増やし、ゆるゆる動く先輩の腰の動きに合わせて前立腺をなんども強く押してみると、先輩の体は小さく震え、僕のを咥えながら藻掻くように喘いだ。そして、遠慮がちに上下させていた腰の動きが早くなり、喉の奥に先輩のモノが何度も突き刺さる。それからしばらくしてすぐ、喉奥に先輩の精液が吐き出された。

 さすがに苦しくなって僕が少し咽せると、慌てて先輩が体を避ける。はぁはぁと熱い息を吐きながら僕の顔を心配そうに覗き込んだ。
「だ、大丈夫・・・?」
「全然・・・平気、です」
 口の中に残る精液を全部飲み込み、僕は先輩の腕をぐいっと引っ張った。不意を突かれて先輩が僕の胸の上に倒れ込む。
「上に乗って下さい」  僕がにやり笑うと予想外に先輩は素直に頷いて、後ろ手で僕のを握った。そしておもむろに腰を上げ、ゆっくりと先輩の中に導かれていく。
「っ・・・」
「先輩の中、すごく熱くて・・・気持ちいいです」
 そして先輩はゆっくりと腰を動かし始め、段々と吐き出す息のペースが速くなってくる。下から先輩をぼんやりと眺める。白い肌を赤く染めながら、僕の上に跨って喘ぐ先輩を美しいと思った。やがて先輩の手が僕に差し伸べられ、僕はその手を掴み起き上がる。
「テンゾウ、気持ち・・・いい?」
「はい。すごく気持ち良くて・・・あんまり保ちそうにないです」
「俺も・・・。気持ちいい」
 僕の髪をぎゅっと掴み、先輩は激しく何度も腰を動かす。そんなにしたら僕ももう我慢の限界だ。先輩のモノを手で扱きながら、下から先輩を突き上げた。
「っ・・・テンゾ・・・出る・・・っ」
 先輩が達したのとほぼ同時に僕も達した。射精する瞬間に先輩の体を持ち上げたから、二人分の精液が飛び散って、見ると先輩の頬に少しかかっていた。どちらのかも分からないそれを僕が舐めると、先輩も僕の頬に唇を押し当ててペロリと舐めた。

 二人分の吐く息が、部屋に響き渡る。そういえば雨音がしない。いつのまにか、雨は上がっていたようだった。

「雨、上がったみたいですね」
「ほんと。・・・料理も、冷めちゃった」
「帰ってきてから温めて食べたらいいじゃないですか」

 そんなにお腹を空かせているのだろうか。僕は先輩を抱いた事で胸がいっぱいで、食欲がどこかへ行ってしまった。
「それより・・・今日の買い物なんだけど」
「はい。何か欲しいものでも、あるんですか?」
「・・・言いにくいんだけど。今日、薬・・・塗ってくれたでしょ?その・・・薬じゃなくて・・代わりになるやつが欲しいなって」
「ローションですか?」
「そっ・・・そう・・・それ」 「それなら、僕も買おうと思ってましたが・・・別の日に。今日一緒に買いに行ってもいいですけど、かなり恥ずかしいですよ?僕は構いませんが」
 僕が笑って言うと、先輩はハッと顔を上げて首をブンブン横に振った。
「やっぱりテンゾウが買ってきて」
「はいはい、仰るとおりに。僕はずっと、先輩は慣れてるものだと思っていたので別に必要ないかと思ってたんですが。そもそも付き合ってもないのに用意するのは変だろうって。でも、あった方が気持ちいいですよね、僕も先輩も。それより、さっきの先輩かわいかったです。そんなに気持ち良かったですか?」
「あ、あれは、忘れて・・・」
「忘れる訳ないじゃないですか。乗りたくなったら、いつでもどうぞ」
「・・・バカ」

 服を着替えて、一緒に外へと出る。雨で濡れた建物や草、木が太陽に照らされてキラキラと光っていた。道を歩けば土の匂いがして、任務で嗅ぎ慣れたその匂いも今日はホッとする。隣に先輩が並んで歩いているからだろうか。

 街の中心部へ向かって歩いていると、あちらこちらに出来た水たまりには澄んだ青い空と雲が映り、子供が遊び回っている。暗部に入ってからは、こんな風景を、そういえばこんな穏やかな気持ちで見た事なんて無かったよなぁ。
「テンゾウ、あれ」
「はい?」
 先輩が指差す方に目をやると、大きな虹がひとつ、ふたつと続いていた。
「虹、ふたつも!」
「な〜んか、祝福でもしてもらってるみたいね」
「本当ですね」

 

 口布をしているとはいえ、目尻を思い切り下げて、本当に嬉しそうな顔をして先輩は笑った。そんな先輩を見て、僕も顔が綻ぶ。これからもずっと、先輩の隣にいて、この顔を見ていたい。

 

 そして僕と先輩は、どんどん街を歩いていく。先輩となら、どこまでだって歩いて行けるような気がして手を握ろうとしたら、容赦なく振り払われてしまった。
「誰が見てるか、分かんないでしょ!」
「いいじゃないですか、もう。どうせすぐにバレますよ」
「すぐにバレるって、お前ねぇ・・・。勘弁してちょうだいよ」
 そう言いつつも先輩の顔はどこか幸せそうで、まぁいいかと繋ぎ損ねた手をポケットにしまい込んだ。あと数時間で陽が落ちて、あの虹も消えてしまうだろうから、それまでには家に帰ろう。



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