in the flight












    カカシ


 ちょっとした出来心で、テンゾウのお茶に酒を入れてみた。
 酒が飲めない事はもちろん分かってたけど、俺も酔ってたんだねぇ。
 嬉しい展開にドキドキしていたら、急にテンゾウに押し倒されてしまった。
 驚いてテンゾウを見れば目の焦点が合っていない。
 「テ・・・ンゾウ?」
 「先輩、分かってるんですか?」
 「な、なにが?」
 「こんな無防備に色気振りまいてるから、先輩は色んな男に狙われるんですよ」
 「はぁ? なにそれ、どういう事よ。俺、そんなつもりないから」
 テンゾウに対してだったら、まあちょっとは自覚してるけど・・・。
 「そんなつもりなくても、そう見えるんですよ・・・っ」
 「わっ、ちょっ・・・テンゾ・・・っ!」
 俺の首筋に唇を落として、ぺろりと舌で舐められると体が必要以上に反応してしまう。
 「いい匂いがする」
 「はぁ? 酒臭いだけでしょ・・・って、ぁっ・・・ちょ、こら・・・っ」
 「気持ちいいんですか」
 そう言って、舌先でつつ・・・と線を描くように項をなぞられれば酔った俺の体は素直に反応してしまう。
 「んー・・・ん・・・っ、ん・・・」
 「・・・先輩、こっちも凄い事になってますね」
 溜め息まじりの熱っぽい声で言われ、俺の張りつめたものを撫でるように擦られる。
 ほんの冗談のつもりだったのに、こんな状態でこんな事するのは嫌だ・・・そう思っているのに、テンゾウに触れられた所から体はどんどん熱くなってしまう。
 「やっ・・・だ・・・っ」
 「嫌だったら本気で抵抗してください」
 抵抗したくても、力が入らないんだって・・・!
 抗議しようとしても、自分でも信じられないくらいに甘い声が溢れてしまって、もう恥ずかしくて堪らない。
 テンゾウの手が服の中に潜り込んで、硬く勃起した俺のものに触れた。
 「・・・っ」
 「凄い・・・先輩、本当に感じてるんですね」
 「うるさい・・・っ」
 そして、ぎゅっと握り込まれ上下に動かされると、すぐに射精感を覚えてしまう。
 「はぁっ・・・ぁ、ぁ・・・ぁぁっ」
 「先輩・・・」
 首筋に噛み付くように唇を押し当てられる度、チクリと小さな痛みが走る。
 その痛みさえも気持ちよくて、もう体中が甘く蕩けてしまいそうだった。酔っているせいもあってか体も重く、抵抗する事が辛い。
 観念して体から力を抜けば、愛撫する手の動きが激しさを増した。ぐちゅぐちゅと卑猥な音が聞こえてくる。
 「やっ・・・ああっ、あっ、出る・・・っ!」
 一瞬、目の前が真っ白になった。
 何が起ったのか分からず、ぼんやり部屋の天井を眺めれば視界が霞む。しばらく呆然としていたら俺を心配そうな顔で覗き込むテンゾウの顔が、二重に見えた。
 目の色がさっきまでのそれとは違って、本当に心配しているかのようで。酔ってる筈なのに、なんでこんな顔するんだろう。
 「・・・先輩」
 「・・・お前なんか、嫌いだ」
 文句だけ言いたくて、思考が働かない頭でそう言ってしまった。
 テンゾウは俺の事そういう風に見ていたのかと思ったら、泣きたくなった。しかも酔ったついでに、こんな事されるなんて思ってもみなかったから、余計に。
 こんなこと、夢だったらどんなにいいだろう。涙が零れる前に、俺は重い瞼をゆっくりと降ろした。

 

 目を覚ますとテンゾウが俺の体の上に覆い被さったまま、すぅすぅと寝息をたてていた。
 頭痛が酷いし、部屋の灯りが眩しくて目が開けられない。
 ・・・さっきのあれは何だったんだ。
 酒が全く飲めないって事は知っていたけど、まさかあんな事するなんて思ってもみなかったから、すごくショックだった。自業自得なのが分かっているから余計に。
 飲むと記憶が無くなるって言ってたから、何があったか知ったらテンゾウもショックかもしれない。もしかしたら前にも、こんな事があったのかも知れない・・・。
 だから、俺が飲もうって言っても、絶対に飲まなかったんだ。俺だったからあんな事した訳じゃない。
 ・・・この事は黙っておこう。
 もしテンゾウが知って、ギクシャクするような事になったら嫌だから。

 起こさないようにテンゾウの下から抜け出して、乱れたままの自分の服を整えた。運んでやりたいけど、今起きられても困る。とにかくテンゾウが起きる前に、証拠を消してしまわないと。

 風呂場に置いてあったタオルを濡らして、俺の体液とか色々付いてるだろうテンゾウの手だとか、床を拭いた。残った微かな匂いで気付くかもしれないけど、ま、俺ほど鼻が効くって訳でもないし、飲ま ない酒で酔いつぶれたんだ。起きたとしても、それどころじゃないでしょ。今のうちに風呂にでも入ろう。
 ベッドから毛布を持ってきてそっと掛けてやると、寝返りを打ったから起きてしまったのかと焦ったけど、すぐにまた深い寝息が聞こえてきて安心する。

 無防備に眠るテンゾウの寝顔を見届け浴室に向かい、パジャマを脱いだ。・・・どうしよう、汚してしまった。違うのに着替えるのは不自然すぎるけど、これをこのまま着ている事なんてできない。
 どうしようかと散々悩んだ末、酒を零してしまったことにするとして風呂場で洗ってしまう事にした。

 浴室で熱いシャワーを頭から浴びると、さっきテンゾウにされた事が脳裏に思い出される。色々思い出して恥ずかしくなってしまう。ていうか、あんなに早く絶頂を迎えてしまうなんて自分でも驚いてしまう。深い溜め息を吐いて、汚れたパジャマと下着を洗った。

 それにしても、酔っていたからといってあんな事するのだろうか。
 俺が色気を振りまいてるとか、俺の事狙ってる男がどうとか、訳の分からない事を言っていたけど、それがもし本当だったとして何でテンゾウが気にするんだろう。
 あんな風に苛々したような顔を俺に向けたのも初めてだった。冗談まじりで文句を言われる事はあったけど、本気で俺の事を否定したりする事なんて一度もない。

 まさかテンゾウは俺の事が好き・・・いやいや、それはない。そうだとしたら、好きだと言ってくれたはず。
 じゃあ何で? 本心では俺の事をよく思ってないのかも。・・・というのも無い、と思う。だって、あいつが俺以外に親しくしている人間は俺ぐらいのはずだから。

 頭と体を洗い終えて体を拭き、テンゾウのパジャマを借りる。袖を通してボタンを止めていると、パジャマからテンゾウの匂いがする事に気付いて、胸が痛くなった。
 部屋に戻れば、テンゾウは毛布に包まったまま寝息を立てていた。起きていなくて良かった・・・。
 床に膝をついて、その寝顔を覗き込んだ。手を伸ばして、まだ酒が残ってるせいでほんのり赤い頬に触れ、起きない事を確認してからそっと唇を重ねた。

 結局俺はテンゾウのベッドで寝る事にして、昼前に目が覚めた。眠たい目を擦りながら、そういえばテンゾウまだ寝てるかなと思って部屋を見渡せば、ソファで頭を抱えて座ってるテンゾウを見つけた。あの様子は、二日酔いかな。
 「大丈夫?」
 起き上がってテンゾウの前に行けば、辛そうに顔を上げる。
 「すみません・・・」
 「いや・・・飲ませて悪かった。薬、飲んだ?」
 そう聞けば、小さく首を横に振った。辛くて動けなかったんだろう。
 「待ってて」
 自分の鞄の中から二日酔いの薬・・・これはまぁ、自分用に念のためいつも持ち歩いてるもの、を取り出して台所で水を汲んで来た。まだ辛そうに頭を抑えてるテンゾウの隣に座って顔を覗き込む。
 「飲める?」
 「・・・ハイ」
 罰が悪そうに頷き、なんとか薬を口の中に入れて手渡したグラスを唇に当てた。
 それを傾けると、唇の端から水が零れる。上手く飲み込めないんだろう。だけど薬は飲み込めたみたい。一緒に持って来たタオルで口元を拭いてやると、辛そうなのに嬉しそうに微笑んだ。
 「すぐに効いてくると思う」
 「ありがとうございます」
 まるで昨夜、何事も無かったのかのようで。そういう事にしておいた方が良いって思いながらも、少し寂しい気持ちになった。 
 「あの・・・先輩」
 「ん?」
 ふとテンゾウに呼ばれて顔を向けると、ふいと気まずそうな顔をして視線を外された。
 「その・・・僕、昨日酔っぱらって何かしませんでした?」
 テンゾウは思い詰めたような表情をしたまま、俯いている。
 もしかして過去にもそういう事があったから、またやってしまったんじゃないかって後悔してたりするんだろうか。
 俺はテンゾウが好きだし、なんていうか・・・嫌いだとか言ってしまったけど触れられて気持ち良かったから、終わった後で謝られたりしたら俺だって罪悪感を感じてしまう。
 だから気付かれないように、何事も無かったようにしないと。
 「何かって?」
 「・・・パジャマが昨日と違うし」
 「酒をこぼしてね、ボトボトになっちゃったから勝手に新しいの借りたの。お前、ぐてんぐてんだったし」
 「首元に痕が付いてます。・・・昨日は無かったです」
 「え、いやこれは・・・違う! そういうんじゃない。虫・・・そう、虫に刺された!」
 鏡で確認しておけば良かった・・・っていうか、本当に残ってるの? でも、そういえば昨日何度もきつく吸い付かれたっけ・・・なんて昨日の事を思い出した途端、恥ずかしくなってきて顔がどんどん赤くなるのが止まらない。
 「それに・・・僕のこと嫌いだって、言いませんでしたか。全然思い出せないんですけど・・・言われたような気が・・・いえ、そこだけはハッキリ覚えていて、先輩が泣きそうな顔していて・・・僕が何かしたのは間違いないと思うんです」
 暗い顔をしたまま呟くように続けるテンゾウを見ていたら、胸が酷く痛くなった。
 自分が何をしたのか覚えていないっていうのは凄く嫌だと思うし、誰かを傷付けてしまったかもしれないのなら、尚更だ。とはいえ、本当の事を言うのは気が引けるし言いたくない。
 「酔っぱらって、夢でも見てたんじゃないの?何にも無かったよ」
 明るく笑って言っても、テンゾウの表情が変わる事は無かった。





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