in the flight












カカシ

 朝、目を覚ますと隣にはテンゾウが小さな寝息を立てて気持ち良さそうに眠っていた。
 いつの間に眠ってしまったのか覚えていないけれど、テンゾウの腕の中にいることが昨晩の事が夢じゃなかったんだと知って、顔が熱くなる。

 脱がされた服は元通りになっていて、体もスッキリしていた。俺が眠ってからテンゾウがきれいにしてくれたのかと思うと、恥ずかしくてたまらない。
 しばらく色々と思い出しては赤くなったり青くなったりしていると、テンゾウが目を覚ました。俺と目が合うなり、その黒くて大きな目を思い切り細めて微笑んだ。
 「おはようございます」
 「・・・おはよう」
 なんだか照れくさい。こんな雰囲気は懐かしいと思いながらも、もう何年も誰かと一緒に寝る事なんてなかったし、起きた時に隣に誰かがいる事なんて無かったから。
 必要以上に緊張してしまっているかもしれない。
 いい歳なのにと、テンゾウが呆れてないか心配になってしまう。
 「痛い所は無いですか?」
 「・・・体がだるいけど、大丈夫」
 「そうですか、なら良かったです。ちょっと無茶してしまったかなと、思ってたんで」
 それは俺も同じだ。
 久しぶりにテンゾウに触れられたというだけで、驚くほど感じてしまって・・・みっともなかったかもしれない。
 「テンゾウは大丈夫なの? 飲めるようになってて驚いたけど、さすがに飲み過ぎてたでしょ」
 するとテンゾウは罰が悪そうに苦笑いをした。
 「先輩が酔っていくのを見ていられなくて。多分、先輩は分かってないと思いますけど、すごく色っぽくなるんです。だから、気を逸らせようと飲み過ぎてしまいました」
 「色っぽいって・・・俺の事そんなふうに見る奴なんか、テンゾウくらいだよ」
 「それはどうか分かりませんが。とりあえず他の男の前であんな姿、見せないでほしいです」
 また冗談で言ってるのかと思えば、どうやら真剣だったようで。
 「分かった。・・・でも、嬉しい。ずっとテンゾウと飲みたいって思ってたから」
 「ええ。飲めたらいいのにってずっと言ってましたよね」
 そんな事まで覚えてるんだ。
 記憶が戻ってからも数年は経っているのに、その事が嬉しくて。
 「先輩。本当にずっと僕の事を好きでいてくれたのですか」
 「な、何・・・いきなり」
 「いえ、まだ信じられないんです」
 「恥ずかしいこと、何度も言わせないでよ」
 昨日何度も言ったと思うし、そうじゃなかったらこんな風に一緒に寝てる訳ないでしょ。
 もう俺も前みたいに若くはないんだから、そんな簡単に言える訳がない。
 するとテンゾウは、俺のそんな態度を見てクスリと笑った。
 「先輩・・・なんか、昔よりかわいくなりましたよね」
 「はぁ? お前、馬鹿にしてん・・・っ」
 また俺の事をからかってるんだと思って、反論しようとすれば唇を塞がれてしまった。
 「ん・・・」
 甘い感触のせいで、怒ろうとしていたのにキスに夢中になってしまい、そんな事はすぐに忘れてしまった。
 唇を何度も重ねる度に、愛おしい想いが膨らんでくる。
 チュッと音を立てて唇が離れて行くのを名残惜しく思ってしまった。
 「そんな顔しないで下さい。理性が利かなくなりますから」
 そんな顔って・・・俺、物欲しそうな顔でもしていたんだろうか。
 だけど、数年我慢していた事を思えば、こんなんじゃ全然足りないとか思ってしまう。
 「前の先輩は僕より余裕があったんですけど、今の先輩はいちいち反応がかわいいっていうか・・・」
 「・・・やっぱり馬鹿にしてんでしょ」
 「そうじゃないですよ。僕が言った事とかに対してすぐ顔が赤くなったりしてくれるし、反応が嬉しいんです」
 嬉しそうに微笑みながら言われたら、恥ずかしくなって何も言えなくなる。



 「そうだ先輩。今日、非番ですよね?」
 突然テンゾウが思い出したように言う。
 「あぁ。お前もだったっけ」
 「はい。買い物に行きましょうか」
 「・・・買い物?」
 今日はできたら二人だけで過ごしたいと思っていただけあって、外出するのは嫌だなと思ってしまった。
 「夕飯の材料です。今日は僕が作りますね」
 「あ・・・作ってくれるの?」
 「もちろんです。昨日は先輩の料理を食べる事ができて嬉しかったんで、そのお礼に」
 お礼なんかしてもらうような料理じゃなかった気がするけど、テンゾウの手料理が食べれるのは嬉しい。
 「わかった。じゃあ、もうちょっとゆっくりしてから」
 まだ体が重いし。と、俺はそういうつもりで言ったのに、テンゾウは違う意味で受けとったようで。
 「いいんですか? 実は起きた時からしたくて仕方なかったんです」
 「は? や、俺はそういうつもりで言ったんじゃない」
 「・・・そうなんですか」
 俺が否定すれば、あからさまにガッカリした顔をするものだから可笑しくて思わず笑ってしまう。
 「あ。先輩、笑うなんて酷いですよ」
 「もう若くないんだから、そんなにがっつかなくてもいいでしょ。だいたい俺、もう三十路だよ? こんな俺の体のどこがいいんだか・・・」
 呆れて言えば、つい自分がちょっとだけ負い目を感じている事をうっかり口にしてしまった。
 「・・・先輩、そんな事気にしてるんですか」
 テンゾウは心底驚いたような顔で、まじまじと俺の顔を見ている。
 「や、そうじゃなくて・・・なんていうか、お前ならもっと若い奴のほうが、いいんじゃないかって・・・」
 こういう事ってあまり言いたくないんだけど、ずっと不安に思い続けるのも嫌だ。そうしたらテンゾウは、ふっと微笑んで俺を抱きしめてくれた。
 「僕は先輩しか抱きたいと思わないです。先輩じゃなきゃ駄目なんです」
 あたたかい腕に包まれていると、こんなに幸せでいいのかと思うくらいに幸福感を感じた。
 「・・・俺も、お前じゃなきゃ嫌だ」
 ぽつりと呟けば、苦しい位に強く抱きしめられる。
 「苦しいんだけど・・・」
 「そんな事言われたら、今すぐ先輩が欲しくなりました」  真剣な声で言われて、心臓が飛び跳ねてしまう。
 「む、無理だから・・・!」
 「はい。だから、早く買い物に行きましょう」
 「・・・なんで?」
 だから、の意味がよく分からなくて聞き返す。
 「ローション。無いと先輩、辛いでしょう? 一緒に選んだほうが楽しいかと思って・・・知ってます? イチゴ味とかバナナ味とか色々あるんですよ。僕はイチゴ味がいいなって思ってるんですが」
 「そ、そんな事、知るか! 無味無臭でいい! それに、一緒に買いになんか行ける訳ないでしょ・・・馬鹿」
 真面目に聞き返した俺が馬鹿だった。 
 テンゾウって、言う事が冗談なのか本気なのかが分からない。
 「・・・そうですか」
 残念そうな声で言われると俺が酷い事言ったみたいで、罪悪感まで感じてしまう。
 「じゃあ、そろそろ起きる?」
 「そうですね」
 テンゾウはまだ落ち込んだ様子で。どうしたら機嫌よくなってくれるんだろう。
 「・・・シャワー浴びる? 体、洗ってあげる。あ、でも変な事はしないからね」
 「えっ! 本当ですか? じゃあ僕も洗ってあげますね」
 なんとなく言った事なのに、そんな事で一瞬で機嫌がよくなったテンゾウが凄くかわいいと思ってしまった。


 重たい体を起こして立ち上がると、やっぱり腰がだるい。ちょっと鈍ってるのかもしれない・・・。
 でもニコニコと機嫌のいいテンゾウを見ていると、俺まで嬉しくなってしまうから不思議だ。
 風呂場で服を脱ごうとすると、いきなり後ろから抱きしめられた。
 「僕が脱がしてあげます。はい先輩、両手あげてください」
 「・・・こう?」
 言われるがままに両手をあげると、すっぽりと上の服を脱がされた。
 「じゃ、こっち向いて下さい」
 くるりと体の向きを変えると、一気に下着ごとズボンを降ろされてしまう。
 「なんか・・・俺だけ、恥ずかしいんだけど」
 「じゃあ先輩も、僕の服脱がしてください」
 なんだかこういうの、照れくさい。と思いながらも楽しくて、俺もテンゾウの服を全部脱がしたらギュッと抱きしめられた。
 素肌同士で触れ合うのって、こんなに気持ち良かったっけ。昨日は必死でいっぱいいっぱいで、そんな事を考える余裕なんてなかったから。
 テンゾウの体温と心臓の音を感じているうちにドキドキしてしまって、体が熱くなってくる。このままでいたら、ちょっとマズいかも・・・。
 「早く入ろ」
 「はい」
 テンゾウの声が少し掠れている。俺と同じ事を思っているのかな。お互いドキドキしているのが分かって、照れくさい。
 浴室に入り、シャワーの栓を捻ると勢いよく湯が飛び出してくる。
 向かい合ってお互いの髪の毛を洗い合いっこして、体も洗い合う。テンゾウが俺の体を洗ってくれるのはいいんだけど、必要以上に意識してしまう。そういえば・・・俺の体、拭いてくれたんだっけ。でも、わざわざ言うのも恥ずかしいし・・・かといって、テンゾウだって疲れていたはずだ。やっぱりお礼ぐらいは言っとくべきかな。
 背中をゴシゴシと洗ってくれているテンゾウに、今なら言えそうかもと思って背を向けたまま言う。
 「昨日・・・あのあと、体拭いてくれたでしょ? 疲れてただろうに、ごめんね。ありがと」
 俯いてそう言えば洗う手が止まり、優しく抱きしめられた。
 「僕なら平気です、気にしないで下さい。眠ってる間にするのもどうかと思ったのですが、ちゃんとしておかないと後が辛いですしね。・・・先輩?」
 「・・・何?」
 抱きしめていた手が俺の頬に触れて、後ろに振り向かされる。
 振り向けばすぐにテンゾウの顔が飛び込んできて、唇を重ねられた。優しい感触で何度も吸付くようにキスをされるのがくすぐったくて、気持ちよくて。キスの合間に好きと繰り返されたら、体が熱くなってしまうのが止められなかった。
 後ろを向いているのがもどかしくなって向き直れば口付けが深くなり、お互いの硬く張りつめたものが触れ合えば腰が甘く痺れる。・・・したくなってきたかも。気持ちいい。

 

 腰を支えるように抱いていたテンゾウの手がお尻に伸びていき、そっと蕾をなぞる。その刺激だけで体が小さく震えてしまう。
 何度か撫で回された後、指先がツプンと埋め込まれた。昨晩・・・といっても数時間前まで執拗に弄られていたせいで、簡単に受け入れられた。とはいっても、この感触に慣れる事なんて出来るはずがなく、テンゾウに強く抱きついて必死に堪えた。
 息が上がってキスの合間に声が溢れてしまう。酸欠になりそうだと思っていたら、唇が離された。
 「・・・先輩、やっぱり我慢できそうにないです。駄目ですか?」
 「ここまで、しておいて・・・、駄目な訳ないでしょ・・・早く・・・」
 今すぐにテンゾウが欲しい。そう言えば、後ろを向かされる。言われるがまま浴室の壁に手をついて腰を突き出せば、張りつめた熱い塊が押し付けられた。
 腰を掴まれて、ぐちゅりと水音を立てて奥まで一気に押し込められる。
 「っ・・・」
 その圧迫感と、体の中から伝わってくる熱に思わず息を呑んだ。
 「やっぱり痛いですか・・・?」
 「・・・っ、違う・・熱くて、すごい気持ちいい」
 「そんな事言わないで下さい・・・めちゃくちゃにしたくなります」
 テンゾウはそう言ったかと思うと、ぎゅっと俺の硬くなっているものを握り込んで扱きながら激しく腰を動かした。
 「あっ、あっ・・・も、やだ・・・っ」
 何度も内壁を強く擦られて、打ち付けられて膝がガクガクと震え出す。
 「先輩・・・っ」
 テンゾウが小さく俺の名前を呼んだ後、更に強く打ち付けられて目の前が真っ白になった。それから少ししてテンゾウの欲望が俺の中で弾け、熱い液体が広がっていく。
 その場に倒れこみそうになったのを、テンゾウが支えてくれた。
 「・・・ごめんなさい。しないって言ってたのに」
 「いい。・・・気持ち良かったから」
 ポツリと呟いた俺をギュッと抱きしめてくれたから、俺はテンゾウに体をすっかり預けてしまった。

 結局逆上せてしまった俺は、テンゾウにヨロヨロと支えられながら風呂から上がった。
 バスタオルで体を拭いてくれているテンゾウが、俺のネックレスを手に取る。
 「・・・これが無かったら、僕と先輩はずっとすれ違ったままでしたね」
 「そうかな。・・・こんなの無くても俺はテンゾウの事好きだった訳だし、お前も・・・でしょ? だから、ずっとっていうのは言い過ぎだと思うけど」
 「だけど、こんなにすぐには戻れなかったでしょう。・・・先輩に渡してて良かったです。昨日これを着けてくれているのを見た時、嬉しすぎて死にそうでしたよ」
 「外したくても外せなかったの。お前が一緒にいるような気がしてね。でも、もう返す。ちゃんと帰ってきてくれたからね」
 そう言えば、テンゾウは驚いた顔をしたあと、これ以上ない位に嬉しそうな顔をした。




 服を着て、部屋に戻ればテンゾウがポーチの中をゴソゴソ何かを探し始める。なんだろうと眺めていると、中からチェーンを取り出して俺に見せた。
 「これ、ずっと持ってました。記憶喪失になった時、首にぶら下がったままで・・・何か分からなかったんですけど、大事な物のような気がして大切に持ってたんです。記憶が戻った後、先輩はもう処分したかもしれないなんて思ってました」
 「・・・そんな訳ないでしょ」
 「はい。そうですね」
 にっこり笑うテンゾウに俺も微笑んで、首のネックレスを外す。ずっと二枚一緒に付いていたから擦り傷だらけになってしまったプレートを抜き取った。
 「あ・・・先輩」
 「ん〜?」
 「僕のは先輩が持っていて下さい。代わりに先輩のを僕が持っていてもいいですか?」
 「いいけど・・・なんで?」
 「さっき先輩、着けていたら一緒にいるような気がするって言ってたじゃないですか。だから、別々の任務で会えない時に、寂しくないように・・・駄目ですか?」
 どうしよう。・・・すごく嬉しいかもしれない。
 「・・・駄目じゃない」
 「じゃあ、着けてください」

 

 そう言って微笑んだテンゾウの首に、自分の名前が彫られたプレートをぶら下げる。ずっと自分が着けていたそれを、テンゾウが着けているのを見るのは照れくさい。
 「じゃあ、次は僕が」
 俺の手の平からプレートを取り、首に着け直してくれた。
 「これで、ずっと一緒ですね」
 相変わらず恥ずかしい事ばかり言うテンゾウだけど、好きな人にそんな事を言われて嬉しくない訳がなくて素直に頷けば、長い間想い続けていた苦しみなんて、もうどこかに消えてしまっている事に気が付いた。

  これを着けていると、さっきも言ったようにテンゾウが一緒にいるような気がするのと同時に、テンゾウがいない寂しさをいつも感じてしまって辛かった。
 でももう、寂しいと思う事はないから。

  プレート一枚だけなのに、首にぶら下がるそれは前よりずっと軽く感じた。身につけている事に、気付かないうち負い目を感じていたのかも知れない。
 目の前にはもう当たり前のようにテンゾウがいる。

  「好きだよ」
 吹っ切れたように少し微笑んで伝えれば、やっぱりテンゾウは誰が見ても分かる位に嬉しそうな顔をしていて。
 「僕も、好きです」
 と、微笑み返してくれた。

                   完





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