in the flight












カカシ

 結局あれからテンゾウには会いに行かなかった。
 会えば思い出すかもしれないのにって分かってても、テンゾウに会うのが辛かった。それに三代目に良い機会だと言われて弱気になっていた俺は、ほぼ無理矢理にテンゾウの事を忘れようと努力した。
 もちろん忘れる事なんてできなかったけど、上忍師になってみれば今までが嘘のように忙しくて、あっという間に数年の月日が過ぎていった。

 あの時のネックレスは今も肌身離さず付けていている。
 外せなかったと言えばそうなのだけど、付けているとまるでテンゾウが一緒にいてくれているような気がするから不思議だ。
 三代目がいなくなった今、テンゾウの近況を教えてくれる相手ももういない。ただ木遁忍術を扱うテンゾウとは、将来ナルトが大きくなった時にまた一緒に戦う事になるじゃろと、なだめるように俺に言っていた三代目の言葉を何度も思い出していた。

 そしてその言葉通りに、テンゾウがヤマトという名前でカカシ班に配属された。ずっとこの日を待っていたはずなのに久しぶりに会うのが怖くて、俺の病室に挨拶に来た時はうまく目を見る事ができなかった。

 久しぶりに会ったテンゾウは、ずっと大人っぽくなっていて、懐かしそうに目を細めて笑ったテンゾウの笑顔を見てズキリと胸が痛み、俺の事をまだ忘れたままなのだと再確認させられた。
 そういう可能性のほうが強いとは思っていた。もし思い出していたなら、俺の所に会いに来てくれていたはずだ。

 一緒の班になったからには二人で会う事も、もちろんある。大事な打ち合わせだったりするから、そんな理由で断る訳にも行かず、任務の打ち合わせがてら食事でもどうですか?って言ったのはテンゾウからだった。

 大事な任務の打ち合わせを他の人がいる場所でする訳にも行かないから、俺の家でする事にした。何か作りますって言ってくれるテンゾウに、俺が作ると言い聞かせて部屋で待たせ台所に籠る。

 やっぱり外でしたら良かったかな・・・。打ち合わせがてらに食事なんてと言ったテンゾウのせいだ。人の気も知らないでと、簡単な炒め物と魚を焼いて、あとは冷蔵庫にあった野菜でサラダを作り、豆腐があったからそのまま薬味を乗せて、冷や奴にしよう。

 テンゾウは何してるんだろうと思って部屋を覗いてみたら、机の上に置いてあったイチャイチャパラダイスを読んでいた。テンゾウも好きなのかな。
 あれは何もしないでいる時、どうしてもテンゾウを思い出してしまうから、気を紛らわせるために読み始めたのがきっかけでハマってしまったのだ。

 ふとテンゾウが振り返ったから、覗いてたのがバレたと思って苦笑いを作った。
 「あっ・・・すみません、勝手に」
 「いや、別にいいけど・・・」
 テンゾウはパタンと本を閉じて立ち上がった。
 「やっぱり手伝います。二人でしたほうが、早いでしょう?」
 「じゃあ、運ぶの手伝ってくれる? もうできたから」
 外で会った時よりもリラックスしているような柔らかい雰囲気に、やっぱりテンゾウの事が今でも好きだと思ってドキドキしてしまう。俺・・・顔、赤くなってないかな。
 台所に入ってきたテンゾウが、台の上に置かれた皿を両手に持つ。
 「先輩って料理、得意なんですか? 美味しそうですね」
 にっこりと笑うテンゾウを見て、そういえばいつもテンゾウに作ってもらうばかりで、俺が作った事は一度も無かったと思い出す。
 テンゾウのほうが上手いし、それに、自分が作るって言って俺には作らせなかったんだ。
 「そんな事ないよ。・・・あ。酒、飲んでいい?」
 「もちろんです。僕も頂いていいですか?」
 「・・・え?」
 当たり前のように答えたテンゾウに、思わず驚いてしまった。目をパチパチさせていると、苦笑いをする。
 「昔は全然、飲めなかったんですけどね」
 「そう・・・だったよね。飲めるようになったんだ」
 「はい。付き合いも多かったせいか、いつの間にか飲めるようになりました」
 あんまり嬉しくないと思った。
 付き合いが多いって、誰に教えてもらったのだろう。本当なら俺が・・・と、どうしても思ってしまう。それに、酔っぱらって何もなかったのかな。いや、それ以前に・・・恋人とかいるんだろうか。
 俺はずっとテンゾウの事が忘れられなかったけど、テンゾウは俺との事は忘れているのだから、あれから恋人の一人や二人ぐらいいたっておかしくない。こんなにいい男になったんだから。
 「・・・どうかしましたか?」
 「え・・・っ? あ、ごめん考え事してた」
 不意に顔を覗き込まれて、心臓が飛び上がる。
 黒目がちな瞳に見つめられたら、心の中まで覗かれているような気がしてしまって。
 「早く頂きましょう。せっかくの料理が、冷めてしまいます」
 「・・・うん」
 そう言って、せっせと料理を運んでくれるテンゾウの背中を見つめる。

 俺って未練がましすぎ。
 数年の月日が過ぎても結局忘れる事なんてできなかったし、それにテンゾウに会って、こうやってまた一緒に任務をする事になったら、テンゾウが好きだという気持ちが強くなってしまった。
 テンゾウのためにも気付かれないようにしようと、大きく頷いて。食器棚からグラスをふたつ取り出して、料理を運び終えたテンゾウが待つテーブルの前に腰を降ろした。
 「じゃ、お疲れさま」
 「お疲れさまです」
 酒が注がれたグラスをコツンと合わせてごくりと飲み干すと、テンゾウも同じようにグラスを空にしていた。
 「ほんと・・・嘘みたいだねぇ」
 あんなに飲めなかったのにと関心して言えば、空いたグラスに酒を注ぎながらテンゾウが笑う。
 「今まで付き合えなかった分、今日はとことん付き合いますよ」
 「俺のほうが先に落ちるかもね」
 「酔いつぶれた先輩なんて、想像も付きませんが」
 「そう? 俺も歳を取ったから、前みたいには飲めないよ」
 それに今日は、滅茶苦茶に酔っぱらいたい気分だ。こんなふうにテンゾウといるだけで、辛くなってしまう。
 俺の作った料理をひとくち食べたテンゾウが、にっこり嬉しそうに笑った。
 「あ、おいしいです。先輩、やっぱり料理が上手なんですね」
 「・・・ま、ずっと一人暮らしだからね。簡単な物しか作れないけど、外食ばかりってのも体に悪いしさ」
 「手料理を作ってくれるような人とか、いないんですか? そろそろ結婚とか・・・」
 「ぐっ・・・ケホケホッ・・・」
 思わぬテンゾウの言葉に、食べていたものが喉に引っ掛かってしまった。俺の反応に、テンゾウがアタフタしている。
 普段ならこんな事ありえないのに、動揺しすぎでしょ・・俺。 
 「大丈夫ですか」
 「ああ・・・悪い」
 「すみません、いきなり変な事言って」
 「ほんと・・・」
 テンゾウの言う通り、俺も確かにそんな歳なんだよな。そんな相手いる訳なんかないのに。
 ていうか、部屋を見たら分かるでしょ。他人が出入りしている形跡は全くないのだから。
 「でもその反応は、いるって事ですよね? 」
 真面目な顔して聞いて来るから、今度は喉を潤そうと口につけた酒を吹き出してしまった。
 「わっ! すみません・・・大丈夫ですか」
 「大丈夫じゃない!」
 「ごめんなさい、すぐに拭くものを取ってきますから」
 テンゾウが立ち上がって台所に布巾を取りに行ってくれたけれど服はもうボトボトで、着替える事にした。
 俺、何やってるんだか。テンゾウのたった一言で、こんなにオロオロしてしまうなんて。
 「いい。着替えるから」
 台所で多分、布巾を探しているテンゾウに向かってそう言って、脱衣所で服を脱ぐ。パジャマってのも、なんかあれだし部屋着でいいか。
 それにパジャマだと、首にぶら下がったままのネックレスを見られてしまうだろうしと、適当に着替えて部屋に戻ると濡れたテーブルを拭いてくれていた。
 「すみません。・・・でも、図星でしたか? 」
 拭いたままの姿勢で俺を見上げたテンゾウの顔は楽しそうで、やりきれない気持ちが溢れだしてくる。
 だけど、この気持ちをテンゾウには伝えられないから。俺もにっこりと笑ってみせた。
 「そんな相手はいないよ。残念でした」
 「え〜、本当ですか? 先輩ってモテそうだから」
 「・・・そういうお前こそ、どうなんだよ。俺に聞くって事は、付き合ってる人とかいるんでしょ」
 「僕、ですか? ええ・・・付き合ってる人は、いますよ」

 一瞬、目の前が真っ暗になった。
 恋人がいてもおかしくは無いと思ってはいたけれど、実際に本人から聞かされたら俺は何て答えたらいいのか分からなくなってしまって。
 まずいな、何か答えないと。
 「へぇ。俺に聞いたのは口実で、本当は自分の惚気話をしたかっただけなんでしょ。そういう奴って多いんだよね、飲みに行ったら延々と恋人の話ばっかりする奴・・・」
 「いや・・・僕はそういうつもりで言ったんじゃありません。それに今はちょっと、うまく行ってないっていうか・・・」
 ふとテンゾウの顔を見ればいつのまにか思い詰めたような暗い顔をしていて、その事で本当に悩んでいるような様子だった。
 ・・・相手の事、そんなに好きなんだ。
 そう気付いたら胸がズキズキと傷み始めて、無理に作っていた笑顔が引き攣ってしまった。テンゾウは俺に相談でもするつもりなのだろうか。
 そうだとしたら、俺はその話を聞いてあげるべきなのか。茶化して話をごまかそうとしたけれど、深刻な表情になってしまったテンゾウに、そんな事できそうにない。
 「じゃあ、俺の恋愛話でも聞きたかったって?」
 「え・・・っと、はい。まぁ」
 そういうつもりで言ったんじゃないって言ったから、無理矢理だけど俺の話に戻したらテンゾウは顔を上げて、にこりと微笑んだ。
 「まあでも、話せるような事は何もないんだよね。・・・もう恋人なんか作りたいとも思わないし、そんな事よりも里の事で今は頭がいっぱいだから」
 「そう・・・ですか。でも先輩、寂しそうです」
 「俺が・・・?」
 俺が寂しそうだって?
 何をどう見て、そう感じたんだろう。テンゾウの前ではそんな素振り、見せないように気を付けているのに。
 「いや・・・僕の気にしすぎですよね」
 テンゾウはそう言って、目を伏せて笑った。
 「さ、飲み直そう」
 立ったままだった俺は、テーブルを挟んでテンゾウの前に腰を降ろした。
 「そうですね。先輩のおいしい料理も」
 「お前・・・おだてるのも上手くなったね」
 厭味をこめてそう言ったのに、テンゾウは目を丸くして首を横に振った。
 「まさか。本当に美味しいです。それに、先輩の料理なんて滅多に食べられない・・・あれ、誰かに作ってあげたりする事ってあるんですか? 食器も二人分づつ揃ってるし」
 「・・・ていうかさぁ。お前、今日はそんな事ばっかり言ってない? そんなに俺の事が気になる? 」
 「そりゃ気になります。・・・先輩の恋人って、どんな人なんだろうって」
 「だから恋人はいないって言ってるでしょ」
 酔っぱらってる?もしかして。
 好きな相手にこんな事を聞かれるのはある意味、拷問に近いような気がする。もう白状してしまえば楽になるのかもって思ってしまうけれど、我慢するしかないんだ。
 だけど、どうしてテンゾウが俺の事なんか気になるんだろう。付き合ってる奴がいるんでしょ? 
 訳が分からずに苛々してしまい、最近あまり飲んでいなかった酒を水のように飲んでしまう。
 俺、酔うと眠たくなっちゃうんだよね。
 テンゾウと一緒にいるの辛いし、酔っぱらって寝てしまえばいい。俺が勝手に寝たら、テンゾウも帰るだろう。
 「・・・好きな人も?」
 「ああもうっ、しつこい! さっきも言ったでしょ、いないの。そんな奴」
 「すみません・・・って先輩、飲み過ぎじゃないですか?」
 そう言うテンゾウだって、同じ位のペースで飲んでいるのに全然酔ったような素振りは見せない。
 「全然平気だよ、これぐらい」
 そう言って、入れたばかりの酒を飲み干した。
 「あー・・・」
 テンゾウは呆れたような声を出して、でも呆れたように溜め息を吐く。
 「今ので最後ですよ。今日はもうそろそろ・・・」
 「まだ飲めるっ。テンゾウ早く」
 もうやけくそだ。酔いつぶれるまで飲んでやるという勢いで、グラスを突き出せば苦笑いをされた。
 「もう無いですよ、ほら」
 と、いつのまにか空になってしまった一升瓶を持ち上げて俺に見せる。もうそんなに飲んでしまったのか。
 「台所の流しの下にまだあるから、持って来てちょうだい」
 するとテンゾウは、やれやれといった具合で立ち上がった。
 「はいはい、分かりました。ついでに肴が無くなったんで何か作ってきます」
 「お、気が利くねぇ。冷蔵庫の中、まだ何か入ってたと思うから任せる」
 「じゃあ大人しく待ってて下さいよ」
 と、俺をなだめるようにニッコリ笑って、台所へと消えていった。





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