in the flight












カカシ

 テンゾウと付き合うようになってからしばらくして、俺に上忍師の依頼がきた。ずっと前から分かっていた事ではあるけど、気が進まない。
 暗部を抜けるという事はテンゾウとも距離を置かないといけないということ。分かってはいるんだけどね。だけど、叶う事のない想いだと思っていたから、離れる事がとても辛い。別に距離を置く事なんて無いと思うのだが。

 俺とテンゾウの関係がただの先輩後輩だけではないと気付いているのか、三代目は俺に何度も念押ししてくる。だけど、その事に関しては曖昧な返事をする俺を説得する事を諦めたのか、最近はテンゾウにその矛先が向いているらしい。

 三代目から貰った三人の資料に目を落としながら、溜め息を吐く。
 テンゾウはどう思っているのだろう。最近会ってもお互いぎこちなくて、その話の事はまだ一度だってしていない。ただあいつは常々俺の邪魔になるような事はしたくないって言ってるし、ずっと面倒を見てもらった三代目にも恩を感じているし、俺から離れる事を選ぶような気がするんだ。

 テンゾウは今、長期任務で里を離れていて、予定通りだともうすぐ帰ってくるから、今日会えたらちゃんと向き合って話をしよう。
 夕方から降り出した雨は暗くなっても止む事はなく激しさを増すばかりで、憂鬱な気分が一層強くなり、目を通しても内容が頭に全く入ってこない資料を投げ出した。こんな事、今まで一度だって無かったのに。

 今までずっと里の為に自分の事は後回しにしてきて、それが俺には当たり前の事だった。なのにテンゾウと付き合うようになって、優先順位が入れ替わってしまった。だから三代目に反発してしまったんだろう。どうかしてる。
 こんなんじゃ駄目だ。そう思っても俺にはテンゾウが一番で、確かにこんな心持ちで上忍師になんかなれる訳が無い。三代目の言う事はもっともだと思う。
 いくら考えた所で答えなど見つけられず、そんな状況でもただ思うのはテンゾウに早く会いたいという事だけだった。

 どしゃ降りの雨の音に混じり、窓をコンコンと叩く音が聞こえた。
 招集かと思って立ち上がり、カーテンを開けて窓を開けば小鳥が俺の手の平に止まり、すぐに煙を上げて手の平には紙切れが残った。
 すぐに火影室に来るように、とだけ書かれた文章を見て、やれやれとまた憂鬱な気持ちになってしまった。どうせまたテンゾウとの事だろう。
 雨避けのコートを羽織り、部屋からほど近い火影室へと向かった。


 火影室に入れば、俺を待っていた三代目はいつになく険しい顔をしている。
 「テンゾウの事なんじゃが・・・」
 やっぱりそうだよな。深い溜め息を吐きたくなるのを我慢して、何でしょう。と答えたら、言いにくそうに話し始めた。
 「テンゾウが任務の帰り、敵忍の襲撃に合ってな」
 「・・・!」
 予想外の言葉に俺は言葉も出なかった。
 「それで、テンゾウは?! 」
 「幸い里の近くだったから、見回りをしていた他の暗部に発見されて体は無事だったのじゃが・・・」
 「・・・はい」
 「どうも様子がおかしい。ところどころ過去の記憶が抜けているようで、医療班も手を尽くしたのじゃがな・・・」
 眉を潜めて溜め息を吐いた三代目の表情を見れば、状態が良くない事はすぐに分かった。幻術だろうか。
 「会ってもよろしいですか?」
 「もちろんじゃ。おぬしの事も、もしかしたら忘れておるかも知れんが・・・」
 「・・・はい」
 それでも、とにかく早くテンゾウに会いたい。心配で胸が張り裂けそうだ。
 了解を得た俺は火影室を飛び出して、テンゾウの元へと急いだ。

 処置を終えたテンゾウは個室に入っていて、震える手で扉を開いた。
 ベッドで体を起こしてぼんやりと窓の外を眺めていたテンゾウが振り返り、俺を見て不思議そうな顔をしながらも頭を下げた。
 「カカシ先輩」
 俺の名前を呼んでくれた事に心底ホッとして、ベッド脇に歩み寄る。外傷は殆ど無いらしく、見た目は任務に出る前と全く変わってはいなかった。だけど・・・どこか違和感があるのは気のせいなのだろうか。
 「大丈夫なの?」
 「はい、と言いたい所なのですが、ここ数年の記憶がいくつか消えてしまっているみたいでして・・・」
 と苦笑いをするテンゾウの頭をくしゃりと撫でてみると、びくりと体を揺らして驚いた表情をした。
 なんでそんな事をするのかといった様子で、俺は思わずその手を引っ込めてしまった。
 「・・・ごめん」
 「いえ、僕のほうこそすいません」
 その反応に、病室に入った時から感じていた予想が当たっているのだと確信する。テンゾウは俺の事・・・いや、俺と付き合っていた事を忘れてしまっている。
 長期の任務に出ていたんだ。久しぶりに会えた時はいつもならもっと嬉しそうな顔をしてくれるし、もしこんな事があったとしたら、心配をかけてしまった事をまず詫びるような男だ。そう考えると、体中から血の気が引いていくのが分かった。

 ・・・俺の事、忘れてしまったの?
 そう聞きたいけれど、テンゾウは俺の事は忘れていないらしい。ただ、どうしてか俺と付き合っていた事だけを忘れている。まだ確証はないけれど。
 「・・・先輩? どうかしましたか」
 何も言わずに固まっている俺を、不思議そうに見上げてくる目は、やっぱりいつもとは違う。テンゾウだけど、テンゾウじゃない。
 「いや。なんでもないよ」
 俺を好きだった事も忘れていたとしたら、俺と付き合ってたんだよ? なんて言える訳がない。男同士だから余計にそう思ってしまう。
 「そういえば先輩がわざわざ訪ねてきてくれるなんて、何か用事でもあったんですか? 」
 俺は・・・心配で心配で会いに来ただけで、でもまさかテンゾウが俺との事を忘れてるなんて思ってもみなくて。
 「・・・テンゾウ、俺との事で忘れてる事ってない? 俺の事は覚えてるみたいだけど、ここしばらく一緒にいる事が多かったんだけど」
 「何か約束でもしてたんですか?・・・すみません。思い出せません・・・」
 「そ・・・っか。うん、いいよ。たいした事じゃない。・・・今日はもう帰るから。夜遅くに悪かったな」
 「あ・・・いえ、僕こそすみません。まだ頭がぼんやりしていて・・・少し休んだら、何か思い出せるかもしれません」
 「・・・そうだといいな。じゃ、また来るよ。おやすみ」
 「はい、来て下さってありがとうございました。おやすみなさい」
 そう言って俺に微笑むテンゾウは、やっぱりどこか他人行儀で、辛くなってしまう。
 もっと色々聞けばよかったのに、ただその事実が悲しくて辛くて、やりきれなくなる。

 病室を逃げ出すようにそそくさと出てきて、土砂降りの雨の中を歩いて帰った。まるで思考能力が働かない。・・・テンゾウが俺を忘れるなんて。


 どうやって家まで帰ってきたのか思い出せない位にショックだった。ずぶ濡れのまま家の中に入り、そのまま浴室で熱いシャワーを頭から被った。 
 俺はこれから、どうしたらいいんだろう。
 テンゾウは前と変わらず近くにいるのに、俺の事を忘れてしまって、こんな事ならいっそ振られたほうがよっぽどマシだったかもしれないと思ってしまう。嫌いになったとフラれたら、もちろん今と同じ位に落ち込むかも知れないけれど、いつかは諦めがつくかもしれない。

 無事で生きてくれていただけでいい・・・なんて、そんなこと俺にはどうしても思えなかった。そう思いたいと考えてみたって、幸せそうな顔をして俺のことが好きだって言ってくれたテンゾウの顔が浮かんできてしまい、ただ泣きたくなってしまう。

 水をたっぷり含んで重くなった服を脱げば、任務に出る前にテンゾウにもらったネックレスが素肌に触れる。その長方形の金属のプレートには俺の名前と誕生日が彫ってあって、その裏にはテンゾウのイニシャルも小さく彫ってあった。
 そして、テンゾウは自分用にお揃いのものを作っていて、それには俺のイニシャルが彫ってあるけれど、任務に出る時に僕が帰ってくるまで預かっていて下さいとか言って、俺に渡して行ってしまったもんだから、俺の首にはテンゾウの分までぶら下がったままになっている。
 これをテンゾウが付けたままだったら、これがきっかけで何か思い出したかもしれないのに。
 かといって、今これをテンゾウに返すのも気が引ける。こんな物を俺が預かってたって言うのも変に思うだろう。

 二つのプレートをぎゅっと握りしめて、途方に暮れてしまう。俺を好きだって言ってくれたテンゾウは、どこに行ったんだろう。そんな簡単に忘れてしまえるものなのだろうか。





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